契約書の著作権〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(10)〜

登録商標一覧?〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(1)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050324#1111595733
著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(2)
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050406#1112753849
著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(3)
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050410#1113141421
教育目的利用〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(4)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050411#1113154362
著作権侵害の慰謝料〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(5)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050414#1113412430
企業とのやりとりメールの公開〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(6)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050414#1113445853
漫画の引用?〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(7)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050418#1113816642
著作物の利用と個人情報保護〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(8)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050422#1114144419
番組見逃した!他〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(9)
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050427#1114583745

はてな」の方に回答しようかどうか迷いましたが、だいたい回答がでてたのでパスしました。
「終了」になったのでここに掲載したいと思います。

サービスの利用規約や契約書、あるいはプライバシーポリシーといった文書(テキストやレイアウトそのもの)には、著作権のような排他的な権利が発生するのでしょうか?

さて、契約書の著作権性如何。
まず気になるのは、

著作権法(昭和四十五年五月六日法律第四十八号)
(権利の目的とならない著作物)
十三条  次の各号のいずれかに該当する著作物は、この章の規定による権利の目的となることができない。
一  憲法その他の法令
二  国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人独立行政法人通則法 (平成十一年法律第百三号)第二条第一項 に規定する独立行政法人をいう。以下同じ。)又は地方独立行政法人地方独立行政法人法 (平成十五年法律第百十八号)第二条第一項 に規定する地方独立行政法人をいう。以下同じ。)が発する告示、訓令、通達その他これらに類するもの
三  裁判所の判決、決定、命令及び審判並びに行政庁の裁決及び決定で裁判に準ずる手続により行われるもの
四  前三号に掲げるものの翻訳物及び編集物で、国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が作成するもの

という規定である。契約書とある程度の類似性をもつ法律についてはどうか(約款の方がより法律に近いかもしれないが)。
この点、「憲法その他の法令」は「著作物」ではあるが、「権利の目的となることができない」というようにも読めるが、
そうではなく、あくまで憲法その他の法令「に該当する著作物」に関しての規定である。
著作物性がなければ著作権法の保護対象にならないのであるから当然の限定である。
ただ、この条文からわかることは、憲法や法令なども「著作物」性を肯定できることは認めている。

追記(2005.6.27):
北村行夫・雪丸真吾編『Q&A引用・転載の実務と著作権法』25頁(中央経済社,2005)は、「法律は」「著作物です」と断言している。

確かに、少なくとも、憲法前文には著作物性は認めてもよさそうだが、
著作権法は、法令などについても一般的に「著作物」性を否定するものではないということである。
どのような法令に著作物性があるか、ということはわからない。
法令であれば、著作物性が認められても権利の目的とはならないのだから、実益のない議論であるが、
契約書も法令も似たようなものであることを考えると、検討するのもおもしろいように思われる。

※追記
渋谷達紀『知的財産権法II著作権法・意匠法』4頁(有斐閣,2004)には、
「著作物の定義にいう思想感情は、…表現上の思想感情を意味する。表現の素材は、思想感情である必要はなく、事実や規範であってもよい。事実を素材とする科学論文、規範を素材とする憲法その他の法令(13条1号)も著作物とされているのはその証左である。」とある。


では、契約書は著作物か。
著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」が、
まず、契約書が、思想感情を表現したものといえるかが問題となる。
この点、契約書には、乙の「甲には○○ということはさせるものか!」とか、
乙の「甲が××ということはしてもいいことにしておいてやる。」などという感情が、
やんわりと表現されているということができる。
逆に、それを捨象して表示したものが契約書だと考えれば、そもそも「思想感情」を表現したものとはいえない。
一般には後者だと思われるので、著作物性は否定されよう。


著作物性について、作花文雄『詳説著作権法』78頁(ぎょうせい,1999)では、

自然の公理や人為的な取り決め、スポーツやゲーム*1のルールなどもそれ自体著作物ではない。
 *1 東京地裁昭和59年2月10日判決「ゲートボール規則集事件」(『判例時報』1111頁)参照。

と説明されている。
ここで注意するべきは「それ自体」著作物性がないだけである。
東京地八王子支判昭和59年2月10日(判例時報1111号134頁)は、

 原告各規則書は、Xが考案したゲートボール競技に関して、ゲートボール競技のいわれ、レクリエーションスポーツとしての意義、競技のやり方、競技規則等の全部ないし一部を固有の精神作業に基づき、言語により表現したものであり、その各表現はスポーツという文化的範疇に属する創作物として著作物性を有するというべきである。
 この点に関し、Yは競技規則を表現した部分は思想、感情抜きで機械的に表現されているから、その著作物性には問題があると主張するけれども、新たに創作されたスポーツ競技に関し、その競技の仕方のうち、どの部分をいかなる形式、表現で競技規則として抽出、措定するかは著作者の思想を抜きにしてはおよそ考えられないことであり、本件原告各規則書の規則自体もXの独創に係るものであることは前記認定のとおりであって、それは文化的所産というに足る創作性を備えているのであるから、その著作物性自体を否定し去ることはできないというべきである。

とし、著作物性は認めながら、事案の処理として、これを取り入れた事情はないとして、著作権侵害の主張を棄却している。
斉藤博・半田正夫編『著作権判例百選第2版』別冊ジュリスト128(有斐閣,1994)74頁(染野義信担当)参照。
決まり事そのものには著作権の保護はないが、それを表現したものについては著作物性が認められる余地がある。
なお、契約書について、「文芸、学術、美術、または音楽の範囲」ではないのではないか?という疑問もあろうが、
「「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」とは、知的、文化的精神活動の所産全般を指すものである。」
とされており(東京地判平成10年10月29日平成7年(ワ)第19455号)、
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/D2AE82315EABA4C949256A7700082C65/?OpenDocument
知的、文化的精神活動の所産全般と考えるられることろ、この要件ゆえに著作物性を否定されるところではないと思われる。


仮に、思想感情の表現で文芸、学術、美術、または音楽の範囲であっても、次に問題になるのが「創作性」である。
この点について、契約条項を個別に分析しないと何ともいえないが、
一般的な契約書の文言の著作物性は、やはり否定されると思われる。
各条項が「ある一定の事項」を表現するとき、それは「ありふれた表現」であって創作性がないと思われるからである。


なお、回答中にも紹介されているが、以下の判例がある。

東京地判昭和40年8月31日(昭和39年(ワ)第2686号)
原告は本件ビー・エル(※引用者註:「ビル・オブ・レーデイング用紙」:http://office.yokkaichi-port.or.jp/home/owa/hst110.disp?p_seq=281)について著作権を有すると主張するが、著作物とは、精神的労作の所産である思想または感情の独創的表白であつて、客観的存在を有し、しかも文芸、学術、美術の範囲に属するものと解されるところ、前記認定のように、本件ビー・エルは、被告がその海上物品運送取引に使用する目的でその作成を原告に依頼した船荷証券の用紙である。それは被告が後日依頼者との間に海上物品運送取引契約を締結するに際してそこに記載された条項のうち空白部分を埋め、契約当事者双方が署名又は署名押印することによつて契約締結のしるしとする契約書の草案に過ぎない。本件ビー・エルに表示されているものは、被告ないしその取引相手方の将来なすべき契約の意思表示に過ぎないのであつて、原告の思想はなんら表白されていないのである。従つて、そこに原告の著作権の生ずる余地はないといわなければならない。原告が本件ビー・エルの契約条項の取捨選択にいかに研究努力を重ねたにせよ、その苦心努力は著作権保護の対象とはなり得ないのである。
 してみると、本件ビー・エルにつき原告に著作権のあることを前提とする二次的請求も、既にこの点において失当であるから、爾余の点について判断するまでもなく理由がない。

この判決によると著作物性が否定されていることになる。
本判決について、前掲作花93頁は、

今一つ判決の論理が明確でなく、契約草案であっても著作物性が存するものもあり得ると考えられるが、本件の場合は「ひな型」に表された契約草案の表現が「ありふれた」ものであり、また、商取引上便利なフォーマットとして工夫して作成されたとしても、その創意工夫による考案は実用新案の対象の適否として判断すべきであり、本来「文芸、学術、美術の範囲」には属さないということであろうか

としている。
本判決の評釈として他に、
池原季雄・斉藤博・半田正夫編『著作権判例百選』別冊ジュリスト91(有斐閣,1987)52-53頁(耳野皓三担当))があり、

…本件では、判旨のごとく船荷証券は要式証券であり、本件ビー・エル契約条項の取捨選択はいかに研究努力を重ねたとしても限界があり、製作者としてのXの思想は表白されたものとはいえないものと思われる。又、かりに著作権として認められたとしても、その用紙を使用するためには、使用料を支払う結果となるから、取引の円滑の面からみても適当でないと考えられる。従って各種契約書では、特別な場合を除き著作物となり得ないと解すべきであろう。

契約書などで創作性を認めることは、通常やはり困難と言わざるをえないように思われれる。
ただ、船荷証券は要式証券性を強調すれば、一般契約書の著作物性はより認められやすいことになり、
この判決があるから契約も同様、と言い切るのには問題があるように思われる。


次に、各条項の集まりが編集著作物とならないか?ということも一応考える必要があろう。
この点、上記船荷証券の判決当時の旧著作権法(昭和46(1971)年1月1日廃止)は編集物の著作権について、

第十四条【編集著作物】
数多ノ著作物ヲ適法ニ編輯シタル者ハ著作者ト看倣シ其ノ編輯物全部ニ付テノミ著作権ヲ有ス但シ各部ノ著作権ハ其ノ著作者ニ属ス
http://list.room.ne.jp/~lawtext/1899L039.html

と規定しており、あくまで「著作物」の編集物であることを要求している。一方で現在の著作権法は、

(編集著作物)
第十二条  編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。
2  前項の規定は、同項の編集物の部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない。

と規定しており、被編集物の著作物性は要求されていない。
したがって、個々の条項が被著作物だとしても、全体として編集著作物といいうる余地が生じる。
ただ、時系列やパンデクテンなど、すでに採用されている配列などの場合には、やはり創作性は否定されよう。
一方で、特に膨大な量の契約書で、その配列等に“特段の”創意工夫(創作性)が見られるような場合には、
著作物性は認められてもいいようにも思える。
一般的な契約書が著作物かというと、否定されるように思われるが、
契約書だからといって否定されるものでもないように思われる。
実際問題どのような場合に“特段の”創意工夫を認めるかというのは難しいが…


このように考えると、質問に一概にどうとはいえないが、多くの場合著作物性は否定されるように思われる。
(少なくとも、契約書除外規定でも無い限り契約書だから著作物性がない、という結論はだせない。)
ただ、場合によっては著作物性が認められるとしても、特に契約書については、
法曹界としてフリーユースとした方がいいように思われる。
契約内容、契約の作り方もある意味先人達の残したものが、積み重なれていることには違いはない。
そうだとすれば、特定人がそれについて利益を独占するというのは望ましくないであろう。
また、権利処理しないと契約書を書けないという事態も望ましくは無い。
契約書で著作物にあたるものであっても、権利行使しないという慣行があるとして、現実には問題にしないことが重要であろう。
実務文書について、良いものは良いよして皆で使う方がみんなのためになる。
契約書の著作権が認められる場合でも、権利行使するべきではないように思われる。
したがって、著作物性があるとしても、場合によっては、権利濫用(民法1条3項)で処理するべきように思われる。
実際、一人がそんなこと言い出すと、収拾つかなくなるように思うのだけど…。


したがって、「サービスの利用規約」「契約書」「プライバシーポリシー」が一般的な表現で行われている限り、
著作物にはあたらないように思われる。
(まるきり同じ文言でも、同じことを内容を表現したい場合に、同じ表現にならざるをえないのである。
 箇条書きの場合は特にそのように言えるので、通常著作物性は無いと考える。)
そもそも契約書や規約なんて、ほとんどパクりパクりできているような…。
レイアウトは具体的に何を言いたいのかわかりませんが、
規約をレイアウトで独創的に表現していたら規約内容というよりその手法で表現されたものとして、
著作物の対象となるように思います。
(例えば、この画面をキャプチャーすると、
 筆者の文章著作権はてな(もしくははてなに許諾した人)の画面デザインの著作権を侵害します。)
また、著作権が成立しなければ他の排他的な権利も生じないと思われる。
(なお、上述の作花氏の評釈中で判決が実用新案云々とあるが、「実用新案法」で保護される「考案」とは、
自然法則を利用した技術的思想の創作」なので(2条1項)、かかる法の保護による余地はないと思われる。)

追記(2005.6.27):
この点、北村行夫担当・北村行夫・雪丸真吾編『Q&A引用・転載の実務と著作権法』26-27頁(中央経済社,2005)は、
「契約書は著作物ですか」ということについて、

 契約書によります。
 契約書は、合致した両当事者の意思表示を表現したものですから、「思想の表現」です。ただ、その表現が創作的かという点は、契約書によりけりと言うほかありません。
 もし契約書が、民法に定める典型契約で、しかも当該契約の要件部分や債務不履行に関する民法の規定を反映したに過ぎないものであれば、その表現には創作性はないので著作物とはいえません。
 しかし、特殊な法律関係を形成する条項で、そのことを明確にしているためにこれを表現上工夫を要した場合には創作性ある著作物となる余地があります。

としています。
あまりにも典型的なものについては、著作物性がないとする一方で、
特殊なものについても、「余地がある」とするにとどまる。
中間的なものについては、ほとんど余地がないと言うことでしょうか。
いずれにせよ、契約書の著作物性を認める場合をかなり限定的に考えているという点は筆者と同様でしょう。
推測にはなりますが、契約書に著作物性を認めることの不都合性も考慮しているのかもしれません。
次に、「契約書式、著作物ですか。」ということについては、

 判例などからすると、著作物性は認められないでしょう。書式は、確定的な意思表示ではないからという判例も見られますし、一般に書式それ自体に著作物性がないのは、書式自体では思想の表現とは認められないからでしょう。
 しかし、当該契約の中のある条項が当事者の合意した思想の創作的表現となる余地があることは、<前述の>とおりです。少なくとも書式の中の具体的条項が著作物になる場合があることには注意すべきです。
※<>内、引用者改変。

としています。どの判例かについて、脚注ででも指摘のほしかったところです。
書の目的から不要と判断したのでしょうが…。
この説明からすると、市販の契約書(式)の複製は可能なのでしょうか?禁複製の効力は?
いろいろ考えるとおもしろいところです。
いずれにせよ、大枠としては、著作物性はないことがおおいけれど、認められる余地がある、ということになりそうです。
さいごに、「就業規則は著作物ですか。」ということについて、

 通常は、著作物性はないでしょう。
 それは、労基法等の労働法規の思想の反映に過ぎないことが多いからです。ただ、規則が、その社の独自な事項を、独自に創作的に表現していれば著作物たり得ることは、契約書で述べたところと同じです。

としています。
プライバシーポリシーについても同様にいえるかと思います。
この考え方からすると、強行法規性のある制約については「法規の思想の反映に過ぎない」ということなので、
個人情報保護法により義務付けられているような事項にかかる部分はについては同様にいえるでしょう。
それ以外でも、こういうのはだいたいどこも似たり寄ったりなので、独自性は通常否定されそうです。


ところで、これらのことからすると、建物賃貸借契約書の書式なんかは、かなり著作物性は否定されそうです。
書面記載の「禁複製」がどこまで認められるのか、業者はどのように考えているのでしょうか。


とりあえずの参考文献

isologue −by 磯崎哲也事務所 Tetsuya Isozaki & Associates: 契約書の著作権
http://www.tez.com/blog/archives/000424.html
http://www.tez.com/blog/archives/000425.html
ほか文中で掲載したもの。

Q&A 引用・転載の実務と著作権法

Q&A 引用・転載の実務と著作権法

追記(おまけ):
ゲートボールのルールは、
http://www.gateball.or.jp/jguweb/whats/file/rule.html
http://www.gateball.or.jp/jguweb/whats/file/rule.pdf
(日本ゲートボール連合ホームページ)
但し、これが「規則書」かというと?