新潮社(FOCUS)vs林真須美

最一小判平成17年11月10日 平成15年(受)第281号 損害賠償請求事件
http://courtdomino.courts.go.jp/judge.nsf/dc6df38c7aabdcb149256a6a00167303/f335cdd118b07341492570b50028d557?OpenDocument

要旨:
1 刑事事件の法廷における被疑者の容ぼう等を撮影した行為及びその写真を写真週刊誌に掲載して公表した行為が不法行為法上違法とされた事例
2 刑事事件の法廷における被告人の容ぼう等を描いたイラスト画を写真週刊誌に掲載して公表した行為のうち,手錠をされ,腰縄を付けられた状態を描いたイラスト画の掲載は不法行為法上違法であるが,その余のイラスト画の掲載は違法ではないとされた事例

内容:
 件名 損害賠償請求事件 (最高裁判所 平成15年(受)第281号 平成17年11月10日 第一小法廷判決 一部棄却,一部破棄差戻し)
 原審 大阪高等裁判所 (平成14年(ネ)第1010号)

控訴審 大阪高判平成14年11月21日
第一審 大阪地判平成14年2月19日


○事実の概要
 本件は、和歌山カレーライス毒物混入事件で逮捕起訴された林真須美氏(被上告人・X)について、新潮社(上告人・Y)が、法廷におけるX(当時被疑者)の容ぼう等を撮影し、同社の発行する週刊誌「FOCUS」上にその写真を写真週刊誌に掲載して公表し(第一事件)、また、YがX(当時被告人)の容ぼう等を描いたイラスト画を写真週刊誌に掲載して公表した行為(第二事件)が、Xの肖像権・名誉権等を侵害し、損害賠償を請求できないかが争われた事件である(詳細は判決文参照)。


○原審の判断
 まず、第1事件について原審は、

(1) みだりに自己の容ぼう等を撮影され,これを公表されない人格的利益は,被撮影者が刑事事件の被疑者や被告人であっても法的に保護され,本件写真の撮影及び本件第1記事の本件写真週刊誌への掲載は,被上告人の上記法的に保護された利益である肖像権を侵害する。ある取材,報道行為が他者の肖像権を侵害する結果となる場合であっても,当該取材,報道行為が公共の利害に関する事項にかかわり,専ら公益を図る目的でされ,当該取材,報道の手段方法がその目的に照らして相当であるという要件を満たすときには,その行為の違法性が阻却される。これらの要件については,個別にその有無を判断するだけでなく,その程度を勘案して総合的に判断すべきである。本件写真の撮影及び本件第1記事の掲載は,公共の利害に関する事項にかかわり,専ら公益を図る目的でされたと認められる。しかし,本件写真の撮影方法は相当性を欠き,また,本件第1記事には,被上告人が手錠をされ,腰縄を付けられた状態であることを殊更指摘する記載があるなど,本件第1記事の説明文も相当性を欠くから,本件写真の撮影及び本件第1記事の掲載の違法性が阻却されるものではない。よって,上告会社及び上告人Y2は,被上告人に対し,本件写真の撮影及び本件写真を含む本件第1記事の本件写真週刊誌への掲載につき損害賠償責任を負う。

と判示して、慰謝料及び弁護士費用220万円並びにこれに対する遅延損害金の請求を認容した第1審判決を是認した。
 また、第2事件については、

 個人の容ぼう等を描写する手段が写真であるかイラスト画であるかは肖像権侵害の有無を決定する本質的問題とはいえず,イラスト画に描かれた容ぼう等がある特定の人物のものであると容易に判断することができるときには,当該イラスト画は,その個人の肖像権を侵害する。本件イラスト画は,被上告人の容ぼう等をとらえたものと容易に判断することができるから,被上告人の肖像権を侵害するものである。本件第2記事は,公共の利害に関する事項にかかわるものではあるが,これを全体として見た場合,被上告人が第1事件の訴えを提起した事実をやゆする意図に出たものであって,本件第2記事の本件写真週刊誌への掲載が専ら公益を図る目的でされたとは認められず,本件イラスト画による肖像権侵害の違法性が阻却されるものではない。本件イラスト画は被上告人の肖像権を侵害するものであり,本件第2記事の文章は,被上告人を侮辱し,又はその名誉を毀損するものであるから,上告人らは,被上告人に対し,本件イラスト画を含む本件第2記事の本件写真週刊誌への掲載につき損害賠償責任を負う。

と判示して、慰謝料及び弁護士費用220万円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度において,被上告人の請求を認容した。


最高裁の判断
 これに対して、最高裁は、まず第1事件については、

人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)もっとも,人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって,ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。
 また,人は,自己の容ぼう等を撮影された写真をみだりに公表されない人格的利益も有すると解するのが相当であり,人の容ぼう等の撮影が違法と評価される場合には,その容ぼう等が撮影された写真を公表する行為は,被撮影者の上記人格的利益を侵害するものとして,違法性を有するものというべきである。
 これを本件についてみると,前記のとおり,被上告人は,本件写真の撮影当時,社会の耳目を集めた本件刑事事件の被疑者として拘束中の者であり,本件写真は,本件刑事事件の手続での被上告人の動静を報道する目的で撮影されたものである。しかしながら,本件写真週刊誌のカメラマンは,刑訴規則215条所定の裁判所の許可を受けることなく,小型カメラを法廷に持ち込み,被上告人の動静を隠し撮りしたというのであり,その撮影の態様は相当なものとはいえない。また,被上告人は,手錠をされ,腰縄を付けられた状態の容ぼう等を撮影されたものであり,このような被上告人の様子をあえて撮影することの必要性も認め難い。本件写真が撮影された法廷は傍聴人に公開された場所であったとはいえ,被上告人は,被疑者として出頭し在廷していたのであり,写真撮影が予想される状況の下に任意に公衆の前に姿を現したものではない。以上の事情を総合考慮すると,本件写真の撮影行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えて,被上告人の人格的利益を侵害するものであり,不法行為法上違法であるとの評価を免れない。そして,このように違法に撮影された本件写真を,本件第1記事に組み込み,本件写真週刊誌に掲載して公表する行為も,被上告人の人格的利益を侵害するものとして,違法性を有するものというべきである。

として、結論として原審判断を是認して、上告を棄却した。
 しかしながら、第2事件については、

 人は,自己の容ぼう等を描写したイラスト画についても,これをみだりに公表されない人格的利益を有すると解するのが相当である。
しかしながら,人の容ぼう等を撮影した写真は,カメラのレンズがとらえた被撮影者の容ぼう等を化学的方法等により再現したものであり,それが公表された場合は,被撮影者の容ぼう等をありのままに示したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。これに対し,人の容ぼう等を描写したイラスト画は,その描写に作者の主観や技術が反映するものであり,それが公表された場合も,作者の主観や技術を反映したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。したがって,人の容ぼう等を描写したイラスト画を公表する行為が社会生活上受忍の限度を超えて不法行為法上違法と評価されるか否かの判断に当たっては,写真とは異なるイラスト画の上記特質が参酌されなければならない。

 これを本件についてみると,前記のとおり,本件イラスト画のうち下段のイラスト画2点は,法廷において,被上告人が訴訟関係人から資料を見せられている状態及び手振りを交えて話しているような状態が描かれたものである。現在の我が国において,一般に,法廷内における被告人の動静を報道するためにその容ぼう等をイラスト画により描写し,これを新聞,雑誌等に掲載することは社会的に是認された行為であると解するのが相当であり,上記のような表現内容のイラスト画を公表する行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えて被上告人の人格的利益を侵害するものとはいえないというべきである。したがって,上記イラスト画2点を本件第2記事に組み込み,本件写真週刊誌に掲載して公表した行為については,不法行為法上違法であると評価することはできない。しかしながら,本件イラスト画のうち上段のものは,前記のとおり,被上告人が手錠,腰縄により身体の拘束を受けている状態が描かれたものであり,そのような表現内容のイラスト画を公表する行為は,被上告人を侮辱し,被上告人の名誉感情を侵害するものというべきであり,同イラスト画を,本件第2記事に組み込み,本件写真週刊誌に掲載して公表した行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えて,被上告人の人格的利益を侵害するものであり,不法行為法上違法と評価すべきである。
 これと異なり,下段のイラスト画2点を公表したことをも違法であるとして,これを前提に上告人らの損害賠償責任を認めた原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由がある。

として、「被上告人が手錠,腰縄により身体の拘束を受けている状態が描かれた」イラストについては原審同様に違法として上告を棄却したが、「被上告人が訴訟関係人から資料を見せられている状態及び手振りを交えて話しているような状態が描かれた」イラストについて違法とした原審判断については、これを破棄し、差し戻した。


○感想
1.第1事件〜写真撮影・公表に関して
 確かに、人はみだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有するということは問題ないだろう。もっとも、ここで引用された判決は「…これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない」というもので、憲法13条の趣旨が(国家権力たる警察との間で)直接適用されたものである。同判決はその上で、

…しかしながら、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。そして、犯罪を捜査することは、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察にはこれを遂行すべき責務があるのであるから(警察法二条一項参照)、警察官が犯罪捜査の必要上写真を撮影する際、その対象の中に犯人のみならず第三者である個人の容ぼう等が含まれても、これが許容される場合がありうるものといわなければならない。
 そこで、その許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法二一八条二項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである。このような場合に行なわれる警察官による写真撮影は、その対象の中に、犯人の容ぼう等のほか、犯人の身辺または被写体とされた物件の近くにいたためこれを除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等を含むことになつても、憲法一三条、三五条に違反しないものと解すべきである。

としている。これに対して、本件は私人間効力の場面である。そして、ここで裁判所が肖像権侵害とすることは一方で表現者表現の自由を制約することになるのである。犯罪捜査の場合よりも厳格に侵害ととる場合が判断されるべきように思うのである。
もちろん表現の自由と人格的利益(内実は人格権たる肖像権)とをどう調整するかは等価的に考える、表現の自由を優越させるなど考えうるところである。しかしながら、本判決は表現の自由というものに一切触れていない。確かに「刑訴規則215条所定の裁判所の許可を受けることなく」というのは相当とはいえないが、だからといって端的に表現の自由、取材の自由が制約されることになるかというと多少の違和感がなくもない。
総合較量自体、表現の自由を重視する論者からは疑問があるだろうし、そうでなくても表現の自由ということを一切考慮しなかった判決は十分な理由付けをしていないように思うのである。


2.第2事件〜イラスト公表に関して
 判例は写真とイラストについて

…容ぼう等を撮影した写真は,カメラのレンズがとらえた被撮影者の容ぼう等を化学的方法等により再現したものであり,それが公表された場合は,被撮影者の容ぼう等をありのままに示したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。これに対し,人の容ぼう等を描写したイラスト画は,その描写に作者の主観や技術が反映するものであり,それが公表された場合も,作者の主観や技術を反映したものであることを前提とした受け取り方をされるものである。したがって,人の容ぼう等を描写したイラスト画を公表する行為が社会生活上受忍の限度を超えて不法行為法上違法と評価されるか否かの判断に当たっては,写真とは異なるイラスト画の上記特質が参酌されなければならない。

と両者を区別し、「イラスト画は,その描写に作者の主観や技術が反映する」ものであるから、その特質を斟酌すべきとする。
その上で、「被上告人が訴訟関係人から資料を見せられている状態及び手振りを交えて話しているような状態」については、
イラスト画が法廷内では一般に受忍されるべきとするのにのに対し、「手錠,腰縄により身体の拘束を受けている状態」については、
受忍限度をこえるとしたのである。
ここではじめて「現在の我が国において,一般に,法廷内における被告人の動静を報道するためにその容ぼう等をイラスト画により描写し,これを新聞,雑誌等に掲載することは社会的に是認された行為であると解するのが相当であり,」と、「報道」に触れている。
しかし、あくまで対立利益は、社会的に相当かどうかであって、違法かどうかではない。


最高裁の結論自体は必ずしも不当とは思わないけれども、理由つけについては報道の自由にもう少し配慮した判決であって欲しかったと思う。
もちろん、弁護士の主張とも関係するのだけれども。