共謀罪と親告罪

巷では共謀罪が話題になっています。
法務省が、

「組織的な犯罪の共謀罪」に対する御懸念について
http://www.moj.go.jp/KEIJI/keiji30.html
組織的な犯罪の共謀罪に関するQ&A
http://www.moj.go.jp/HOUAN/KYOUBOUZAI/refer06.html

なんてサイトを作ってみたり、日弁連が、

共謀罪」に関する法務省ホームページの記載について
http://www.nichibenren.or.jp/ja/special_theme/complicity.html

なんてサイトを作ってみたり。
個人的な感想を述べれば、政府法案が本当に憲法や刑法を知っている人が作ったのか?と思えるような代物。
法務省の説明はかなり限定解釈したものであることは否定できず、
罪刑法定主義、刑法の自由保障機能から問題があると言わざるを得ません。
法務省ですらこれですから、政府の人権感覚など推して知るべしです。何を今更言われればそれまででしょうが。
そもそも、こんな法案を堂々と提出したという感覚すら疑います。政府の法案作成能力が相当低下しているように思います。


さて、共謀罪の成立の可能性に関して、

共謀罪新設 日本は密告社会に?
共謀罪は、犯罪が実際に行われなくても謀議に加わるだけで処罰可能な内容。専門家によると、個人用に購入したCDをコピーして友人に譲ることを提案し、みんなが合意した場合、実際にコピーしなくても著作権などの侵害の共謀罪が適用される恐れがあるという。 市民団体や日弁連から不安と反対の声が上がっている。
[ 2006年05月10日付 紙面記事 ]
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2006/05/10/01.html

一般の人 ★購入したCDをコピーして友人に売る相談 著作権法 著作権等の侵害
個人用に2400円で購入した人気歌手のCDを5枚コピーして友人に400円で譲ることを提案し、みな合意する。
http://kyobo.syuriken.jp/case_r.htm

ということが指摘されています。
これには、

著作権法違反は、基本的には親告罪だったと思いますが、著作権者の親告が無くても共謀罪で罰せられるのでしょうか?
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20060510/p1

という疑問があるようなので、以下に私見を。


確かに、著作権法(119条)違反は親告罪である(123条)。

著作権法(昭和四十五年五月六日法律第四十八号)
   第八章 罰則
第百十九条  次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
 一  著作者人格権著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害した者(第三十条第一項(第百二条第一項において準用する場合を含む。)に定める私的使用の目的をもつて自ら著作物若しくは実演等の複製を行つた者、第百十三条第三項の規定により著作者人格権著作権、実演家人格権若しくは著作隣接権(同条第四項の規定により著作隣接権とみなされる権利を含む。第百二十条の二第三号において同じ。)を侵害する行為とみなされる行為を行つた者又は第百十三条第五項の規定により著作権若しくは著作隣接権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。)
 二  営利を目的として、第三十条第一項第一号に規定する自動複製機器を著作権、出版権又は著作隣接権の侵害となる著作物又は実演等の複製に使用させた者
第百二十三条  第百十九条、第百二十条の二第三号及び第四号、第百二十一条の二並びに前条第一項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2  無名又は変名の著作物の発行者は、その著作物に係る前項の罪について告訴をすることができる。ただし、第百十八条第一項ただし書に規定する場合及び当該告訴が著作者の明示した意思に反する場合は、この限りでない。

したがって、119条違反は告訴がないと公訴を提起できず、その前提となる逮捕もされないのが原則、ということになる。
しかし、共謀罪親告罪ではない。
あくまでも、

( 組織的な犯罪の共謀)
第6条の2
1  次の各号に掲げる罪に当たる行為で,団体の活動として,当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は,当該各号に定める刑に処する。ただし,実行に着手する前に自首した者は,その刑を減軽し,又は免除する。
 一  死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 5年以下の懲役又は禁錮
 二  長期4年以上10年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 2年以下の懲役又は禁錮
2  前項各号に掲げる罪に当たる行為で,第3条第2項に規定する目的で行われるものの遂行を共謀した者も,前項と同様とする。

というのが犯罪構成要件であって、
「死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪」
「長期4年以上10年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪」にあたる行為であれば、それらが親告罪がどうかは関係ない。
くわえて、共謀罪自体には、親告罪規定はない。
したがって、第6条の2の構成要件に該当すると判断されれば、逮捕起訴される恐れがあるということになる。
「団体の活動として,当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者」という要件との関係でよりわかりやすい例に置き換えるなら、
楽団が著作権の切れていない楽曲の楽譜のコピーを相談したらアウトということになる。
実行すれば著作権法違反で親告罪だが、実行しなければ共謀罪非親告罪という条文上の矛盾も生じることになる。
まあ、刑法理論上の矛盾点もたくさんあるだろうけど、そこは割愛、というか手に負えない。


そういうわけで、私見としては、

著作権法違反は、基本的には親告罪だったと思いますが、著作権者の親告が無くても共謀罪で罰せられるのでしょうか?

はい

だと思います。
もちろん、解釈ではなんとかなるかもしれまんが、そんなこと言い出すと法務省の思うがままでは?という感じです。

犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案
議案審議経過情報
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1D9BBFE.htm
議案本文情報一覧
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g16305022.htm

追記(2006.5.19):

もちろん解釈上親告罪ということはできるでしょうし、
そもそも著作権法違反が共謀罪の立法思想が想定する重大犯罪かは疑問ですが、
あくまで条文上は非親告罪ですし、懸念としてはそのような運用も払拭できないということです。
そもそも、政府を信頼するのであれば共謀罪にこれだけの反対論はおきないはずですし、
共謀自体を犯罪とする以上、条文上の絞りは必要でしょう。


条文上の根拠もあげておきましょう。

刑法(明治四十年四月二十四日法律第四十五号)
(強制わいせつ)
第百七十六条  十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
(強姦)
第百七十七条  暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
(準強制わいせつ及び準強姦)
第百七十八条  人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。
2  女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、姦淫した者は、前条の例による。
(未遂罪)
第百七十九条  第百七十六条から前条までの罪の未遂は、罰する。
親告罪
第百八十条  第百七十六条から第百七十八条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2  前項の規定は、二人以上の者が現場において共同して犯した第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪については、適用しない。

通常、未遂罪についても、未遂罪は親告罪と宣言されているわけです。
刑法177条やその未遂という犯罪は、180条によって、親告罪であることが定めれており、
著作権法119条という犯罪も、123条によって、親告罪となっているわけです。
しかし、共謀罪(案)には、親告罪とする規定がない。
そもそも、親告罪規定は手続規定であり、刑事実体規定とは関係ないから、
取り込まれた構成要件要素が親告罪であるからといって、当然に親告罪とはならないように思います。
条文がない以上、(解釈上補うことは別論)親告罪とは考えにくいでしょう。
個人的には構成要件を非親告罪かつ予備処罰のある類型に限ってもいいように思います。
そうでないと、現行「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」ともバランスが悪い…。
もっともこれは条約上の制限かもしれませんが…。


ところで、

法務大臣記者会見ダイジェスト
「ともかく犯罪集団に対して適用する問題で,一般の国民に全く関係はありません。」
「むしろ,犯罪集団を制圧して多くの国民の生活を安心・安全なものに導いていくための条約であり,国内法です。」
「一般市民の方が目配せしただけで成立するというのは大変な誤解。法案の正しい理解を!!」
http://www.moj.go.jp/KEIJI/keiji31.html

それなら、犯罪構成要件にそういう縛りをかけましょう。それで済む話ではありませんか?
立法意図をきちんと反映した法文を作ればいいだけのことです。
“犯罪集団をきちんと定義した上で”、犯罪集団が…をした場合、と構成要件化すればいいのです。
(とはいえ、例えば、犯罪集団=犯罪の遂行を主たる目的とする「団体」としても、
 団体をできるだけ最小に捉えることで犯罪集団にあたりうる、という解釈はとれなくはありませんが…。)
法務大臣であるにもかかわらず、そういうことを理解せずにこういうコメントをホームページに出していること自体
恥ずべきこととの思います。>杉浦正健
しかもこれで弁護士資格ももっているんですから…。ちょっと法律家としても疑問です。
なお一層配慮した法律を作るべきことが期待されていると思いますが…。
まあ今の法文でいけば、警察官が不祥事隠蔽のため、組織的に虚偽公文書をつくることを約しただけも共謀罪になっていいんですけどね。
実際取り締まらないと思いますが…。通常の虚偽公文書ですら?ですからねー。
(ただし、この場合共謀でとどまらず既遂までいくことが通常でしょう。)