著作権管理と独占禁止法

少し前に公取委によるJASRACへの立ち入り検査があったとの報道があった。

公取委JASRAC立ち入り検査 「なぜ今さら?」と競合会社
2008/4/24
http://www.j-cast.com/2008/04/24019474.html


著作権等管理事業法が、平成12年(2000年)11月21日に制定され、翌平成13年(2001年)10月1日に施行されたが、
平成15年(2003年)3月の「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究調査報告書」には、次のような指摘がある。

第4 コンテンツに係る著作権等の管理について
独占禁止法上・競争政策上の課題及び考え方
(1) 競争政策上の課題
  1 で述べたように,著作権等の集中管理の分野では,著作権等管理事 業法が施行されることによって,[1]小説,[2]脚本,[3]楽曲を伴う場合に於ける歌詞,[4]楽曲の4分野の著作物の管理事業を行うために所管官庁の許可を得る必要がなくなり,それら4分野の管理事業に複数の事業者が参入するための制度的な環境が整備された。これにより,従来の実質的に1分野1団体の制度の下では新たな利用形態等への対応等の運用面などで柔軟性を欠くとの指摘があったところ,複数の事業者による競争が行われることで,著作物等の権利者及び利用者(需要者)双方の利益を増進させるものと期待されている。
しかし,特に仲介業務法の時代から管理事業を行っている管理団体は,仲介業務法の運用上,1つの著作物の分野における唯一の管理団体であったことから,当該分野における独占的な事業者であり,それら管理団体の行為によっては,同一分野の著作権等管理事業への新規参入が阻害される場合もあると考えられるが,著作権等管理事業法の制定趣旨を踏まえ,複数の権利管理事業者間の公正かつ自由な競争が促進されるために,独占禁止法上問題となるような権利管理事業者の行為に対して適切に対応することが必要である。


(2) 複数の著作権等管理事業者との包括契約
これまで述べてきたように,著作権等管理事業法の施行によって,同一の分野の著作権(例えば楽曲,歌詞等)について複数の著作権等管理事業者が事業を行うことのできる環境が整備された。著作権管理事業分野における競争の観点からは,新規参入が可能となることによって事業者間の競争が活発になることが期待されるが,その一方,著作物の利用者の立場からは,例えば,著作権使用料を事業収入や利用場所の面積や座席数等によって一定の月額料金や年額料金を支払う,いわゆる「包括契約」のような場合には,複数の事業者が著作権等管理事業を行うことによって,利用者はそれぞれの事業者に対して包括契約に係る使用料を支払う必要が生じ,支払うべき使用料の総額が増加してしまうのではないかとの指摘もある*44。
このような考え方を背景にして,大口の利用者が複数の著作権等管理事業者との包括契約を忌避するような場合には,著作権等管理事業法の施行により複数の著作権等管理事業者の参入が認められることとなったにもかかわらず,著作権等管理事業の分野への新規参入が行われなくなるなど,当該分野における競争阻害要因ともなり得るものであることから,
複数の著作権管理事業者が存在し,活発な競争が行われていくことが利用者にとってもメリットが大きいものであることを踏まえ,複数の著作権等管理事業者の存在を前提とした取引ルールが形成されることが望ましい。


*44 音楽著作物の利用については,著作権等管理事業者は放送局などの利用者との間では包括契約又は曲別契約(使用した曲ごとに対価を支払う)のいずれかを選択できるが,実際上は,放送で使用したすべての曲名を把握するには現時点ではコスト・労力がかかること,包括契約の方が,曲別契約よりも割安な価格設定となっていることから,包括契約が選択されていることが多い。これまでは,著作権等管理事業者は基本的に著作物の1分野に1事業者の運用が行われてきたが,放送の利用形態を取り扱う著作権等管理事業者が複数となる場合には,放送事業者からみると,各著作権等管理事業者の管理している著作物は補完的な関係にあることから,放送事業を行うに当たって幅広い楽曲を使用するためには個々の管理事業者と包括契約を結ぶ必要が生じ,その結果,放送番組で使用する楽曲の使用状況が変わらなくても,これまでよりも著作権使用料の支払額が増加することも考えられるとの指摘がある。この指摘に対しては,技術の発達により個別の管理が可能となれば,このような問題も生じなくなるのではないかとの意見もあった。


「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究調査報告書」35頁以下、下線は筆者。

 ところで、この報告書公表後の平成15年(2003年)11月頃から2004年(2004年)4月頃にかけて、JASRACは、公取委の審査部から説明を求められ、その時点では独禁法に反することにはならないが、将来的には独禁法違反が懸念される問題がある旨の口頭の指摘を受けたようである。公取委の指摘は、第一に包括契約の取扱について、第二に信託契約は途中解約の場合でも契約期間満了(5年)までは再委託できないことについて、第三に全ての項目を管理委託する場合と一部を委託する場合とで管理手数料に差がある場合について、の三点であった。いずれもJASRACが99%以上の市場占有率を有していることから生じる問題であるが、JASRACとしては独占禁止法遵守に関しては真摯に取り組んでいるところである。なお、第二点については約款はすでに改正されており、第三点については実際には手数料に差は設けられていないとのことである。
著作権法独禁法委員会『著作権法独占禁止法に関する調査研究』174頁((社)著作権情報センター附属著作権研究所,2006.3))。


これらを総合すると、今回の問題視されたことは、前記引用下線部ということになろう。
前掲したJ-castの記事でも、

JASRACは、NHKや民放各局と1979年から、「包括的利用許諾契約」を結んでいるが、それは、放送した回数や時間ごとに計算するのではなく、曲数に関係なく事業収入の1.5%に当たる金額を放送使用料として徴収するというもの。


膨大な楽曲を使用する放送事業者にとっては、曲数や時間を計算する負担がなくなるというメリットがあり、米英の放送局でも「包括契約」が結ばれているようだ。その一方で、「どんぶり勘定」といった指摘もあり、新規参入業者と放送局側が曲ごとの契約をすると、その分だけ放送局側の負担が増してしまうから、新規参入を認めることに慎重にならざるを得ない。公取委はこれを「市場を独占し、新規参入を阻害している疑いがある」と判断したようだ。

と報じられている。
そうすると、この問題を回避する手法としては、(a)他社の利用料分を割り引いたり、(b)(利用量に応じた)段階的包括料金としたりするといったことになるのだろうか。
もっとも、これらの方法では、個別的な利用をある程度把握せざるを得ない。
では、現状報告はどうなっているかというと、権利者への配分への関係で、全曲報告の流れにあるようだ。
(少し古い記事だが、http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060825/246469/
そうすると、サンプル調査にして、個別的な報告を簡便にするという趣旨は含まれない。大量利用割引でしかないような状況にある。
放送利用の包括契約料金が「事業収入の1.5%」となっていることの根拠はわからないが、大量利用割引というのあれば、
(c)単に個別的利用に応じて割り引くことにいきそうである。
もっともそうすると、大量の楽曲を保有するJASRACの1曲あたりの利用料が(相当)安くなることで、
他の事業者の通常の1曲の利用料が相対的に高くなり、現状とは異なり追加コストが必要であるとしても、
やはり他事業者への利用が忌避されるということになり、(a)~(c)いずれでも独禁法上の問題はなお生じるということになろう。


そもそも包括契約のメリットを考えてみると、
(a)管理事業者及び利用者双方の事務コストの削減
(b)定額制で利用が促進されるという文化的メリット
(c)コストメリット
があげられる。
しかし、(a)のメリットについては、個別報告という時点でもはやメリットとはならないだろう。
(なお、全曲個別報告が権利者に資することはいうまでもない。
 レコードの放送利用について報告しているハズのことを考えると、むしろ全曲報告が原則ということになるだろう。)
(b)については、契約に含まれる楽曲については促進されるが、そうでない楽曲には結局あてはまらないことから、
必ずしもメリットとはいえない。
(c)に関しては上述した。
このように考えてくると、公取委の考え方を前提にすれば、少なくとも放送利用について、包括契約は相当ではないということになる。
時代に個別契約へと向かっているのだろうか。


ただ、ニコニコ動画JASRACやにみられるような利用適法化のための包括契約については、当面あってしかるべきように思われる。
http://mainichi.jp/life/electronics/news/20080427ddm010020018000c.html
かかる利用形態において、契約者は間接的な利用者であって、直接利用者の利用の個別把握が困難であるし、
包括だから利用する/しないという関係にあるものではないからである。