青色LED訴訟和解、中村教授の愚痴と裁判所の和解勧告についての一考察。

<青色LED和解>中村教授「日本の司法制度は腐ってる」
 青色発光ダイオード(LED)の発明対価を巡る訴訟で、11日に和解に応じた原告の発明者、中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(50)が12日、東京都内で記者会見し、「(和解内容は)100%負け。和解に追い込まれ、怒り心頭だ」などと語った。和解額の約6億円については「(裁判官は)訳の分からん額を出して『和解しろ』と言う。日本の司法制度は腐ってると思う」と憤った。
 中村教授は11日、被告の日亜化学工業徳島県阿南市)から6億857万円(遅延損害金含め8億4391万円)の支払いを受ける内容で東京高裁で和解した。1審・東京地裁での判決200億円から大幅な減額だった。
 中村教授は和解案を見て、「1%でも勝てるなら最高裁までたたかう」と弁護士に主張したが、弁護士から「(勝てる可能性は)ゼロ以下」と言われ和解に応じたという。発明に対する貢献度が5%とされた点については「(東京高裁が)大企業を守るため、まず額の上限を決めたからだろう。1審の裁判官はきちんと書面を読んでくれていたのに」と批判した。
 矛先は日本社会にも向けられた。「これだけの発明をして6億円。やっぱり日本は文系社会。個人を重んじず、大企業に『滅私奉公せい』というシステムだ。実力のある理系の人は米国へ来るべきだ」。今後の活動を尋ねられると、「研究に専念できるのはうれしい。また、新しい挑戦をしたい」と述べ、“独演会”を締めくくった。
 一方、日亜化学工業の小川英治社長は12日、本社で記者会見し、「高裁で会社側の主張がほぼ認められる見通しだったうえ、訴訟を終結させることで、経営面でもプラスと判断した」などと説明した。
 小川社長はさらに「研究開発者は興味を持って取り組んでおり、技術的成果に楽しみを感じている。単純に金銭に置き換える人はそう多くない」と、中村教授を間接的に批判した。【坂本高志、植松晃一】
毎日新聞) - 1月12日22時29分更新

私見としては、合理的算定の結果「200億」と言う数字がでたのであれば、不当ではないと思っている。
ただし、特許内容についてはくわしくないですし、地裁判決が合理的算定をしたのかについては、ここでは触れません。
さて、中村教授の批判について若干の私見を述べてみたい。
まず、裁判所が和解しろ、ということ自体は不当だとは思わない。
ただ、一方当事者でもが判決を望んでいるのなら、無理に和解させるべきではない。
では、ここでの和解は強制か?否、そんなことはできない。
中村教授自身が、負けるくらいなら和解を選択したのである。(まさか和解しないと負け判決書くよなんてことはないでしょう。)
「(裁判官は)訳の分からん額を出して『和解しろ』と言う。日本の司法制度は腐ってると思う」
と、いうのなら和解しなければいいだけの事である。
判決という一定の司法機関の判断基準がでれば、有意義であるが、和解勧告は所詮和解勧告である。
そして、目先の和解金を選択したのは中村教授自身である。
一審判決も控訴審の考えもあいまいなまま(確定判決なしに)決着してしまった。
彼自身、司法の発展を腐らせてしまっているのである。
まぁ、アメリカにいる彼にとっはどうでもいいことなのかもしれないが、
お金にこだわらず、裁判規範をえてほしかったと思うのである。


次に、和解勧告の内容について検討する。和解勧告の内容については、日亜のサイト
http://www.nichia.co.jp/domino01/nichia/newsnca.nsf/2005/01114
に掲載されているので、これによる。


和解勧告の趣旨について、東京高裁知的財産第3部(佐藤久夫裁判長:設樂 隆一:若林 辰繁:高瀬 順久)は、

当裁判所は,本件訴訟において,404特許の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価について判決をする前に,被控訴人のすべての職務発明の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価について,和解による全面的な解決を図ることが,当事者双方にとって極めて重要な意義のあることであると考えるものであり,被控訴人の控訴人に在職中のすべての職務発明の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価に関する将来の紛争も含めた全面的な解決をするため,和解の勧告をする次第である。

という。ここでは、一審で対象になった以外のすべての特許についても含み、解決するものである。
すなわち、あとで他の特許について紛争の余地を残さないという点において一挙解決を目指すためのもので、
日亜の応訴の煩や裁判所の訴訟経済にとっては利益となるものである。
一方m中村教授は他の特許についてはそれほど重大なものと思っていないようなので、
彼の利益不利益はあまり問題ではないかもしれない。
つまり、「一挙解決ための」和解勧告は中村氏にとっては何のメリットもないということになる。
(負けるくらいなら…というのはまた別の話)
あえていうなら、解決して研究の世界に戻るということか。


さて、次に特許法35条の「相当の対価」については、

特許法35条の「相当の対価」は,「発明により使用者等が受けるべき利益」と「発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮して算定されるものであるが,その金額は,「発明を奨励し」,「産業の発達に寄与する」との特許法1条の目的に沿ったものであるべきである。すなわち,職務発明の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価は,従業者等の発明へのインセンティブとなるのに十分なものであるべきであると同時に,企業等が厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で,これに打ち勝ち,発展していくことを可能とするものであるべきであり,さまざまなリスクを負担する企業の共同事業者が好況時に受ける利益の額とは自ずから性質の異なるものと考えるのが相当である。

文面から理解を試みる限り、「相当の対価」には上限あるということか。
企業内発明者には「あまりに高額な場合にはこれを支給せずとも」「発明を奨励」しえるとともに、
「産業の発達に寄与する」と考えているようである。
中村教授の「(東京高裁が)大企業を守るため、まず額の上限を決めたからだろう。」という指摘は間違っていないように思われる。
一方で、企業の「厳しい経済情勢及び国際的な競争の中で,これに打ち勝ち,発展していくことを」をいう。
しかし、国際的競争力は経済的視点からのみ図れるものではない。特許発明人材やその発明内容こそがむしろ一次的にに重要であるともいえる時代なのである。
(だからこその東京高裁「知的財産部」ではないか?)
結局のところ企業のリスクと言う点のみ還元されるのではないかということになる。
さらにいえば、今日おいては多少のリスクは大きくても良い発明をできる環境を整えることが、
日本の特許産業発展に必要である、というのが中村教授の判決批判の根底にある価値判断ではないかと思われる。


どちらの価値を優位に見るかはそれぞれであろうが、
知財戦略のもとでは発明者のインセンティブを図ることが重要であって、
優秀な発明者の獲得は企業にとって死活問題であって、しかもこれは国際競争の中にある。
私見としては、発明者個人のインセンティブと企業の経済活動を考えるとき、
発明活動はリスクになるとともに、莫大な利益を企業にもたらしうつものであることからすれば、
結果成功したものについては、それによって得た相当な利益を発明者に還元するのが妥当と考える。
つまり、企業のリスクを過大に評価することは妥当ではないと考えるべきではないだろうか。

控訴人と同業他社とがクロスライセンス契約を締結した平成14年までの期間については,
(1)控訴人の売上金額の約2分の1を被控訴人のすべての職務発明特許権等の禁止権及びノウハウによるものとし,被控訴人のすべての職務発明の実施料としては,平成8年までを10%とし,平成9年以降については技術の進歩が著しい分野であることを考慮して7%と算定したうえで,「発明により使用者等が受けるべき利益」を算定したものであり
(2)「発明がされるについて使用者等が貢献した程度」については,特許法35条の上記立法趣旨,上記2例の裁判例,及び本件が極めて高額の相当の対価になるとの事情を斟酌し,95%を相当としたものである。

まず、(1)「発明により使用者等が受けるべき利益」についてはここで検討する時間も能力も今はないので、省く。
では、(2)「発明がされるについて使用者等が貢献した程度」についてはどうか。
ここでも、上限額の設定について顕著に示されている。
判断要素は、

(a)特許法35条の上記立法趣旨
(b)上記2例の裁判例
  ・東京高裁日立製作所事件判決(東京高判平成16年1月29日、平成14(ネ)6451 特許権 民事訴訟事件):
    相当の対価1億6516万4300円,ただし,使用者の貢献度8割,共同発明者間における原告の寄与度7割
    (東京高等裁判所第6民事部、裁判長裁判官山下和明、裁判官設樂隆一、裁判官阿部正幸)
    →http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/034DA7BE4A8F616049256E6F0034B191/?OpenDocument
  ・東京地裁味の素事件判決(東京地判平成16年2月24日、平成14(ワ)20521 特許権 民事訴訟事件):
    相当の対価1億9935万円,ただし,使用者の貢献度95%,共同発明者間における原告の寄与度5割
    (東京地方裁判所民事第47部、裁判長裁判官高部眞規子、裁判官上田洋幸、裁判官宮崎拓也)
    →http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/07CC606734A45F5349256E9E002C4F35/?OpenDocument
(c)本件が極めて高額の相当の対価になるとの事情

である。これについて意見するなら、
(a)についてはすでに述べた。
(b)について、和解勧告は、別のわずか2事件をまるで相場であるかもように持ち出していること自体不可解である。
これらの判決が参考するにせよ、算定結果ではなく、算定基準の方ではないか?
   ちなみに、係属裁判所の設樂隆一裁判官は東京高裁日立製作所事件判決の判決裁判官の一人である。本件にどれほど関与したのかはわからないが…。
(c)そして、結論が極めて高額になりうるということである。「相当対価」がなぜ高額になると不相当なのかよくわからない。


このようにみてみると、承服しかねる和解勧告で、中村教授が「わからない」というのは十分理解のできるところである。
高裁が理論的に考えられなかったから和解勧告したのではないかとすら思えてしまう。
ただ、そうであればこそ、最後まで争うことの方が公益的観点からはよかったのではないかと思うのである。
いろいろ御都合もあるだろうし、処分権主義のもとでは彼の判断が尊重されるべきであるが、和解内容を批判するなら、
あまりにも中途半端な結末である。
なお、中村裁判の和解成立にあたっての当弁護団の見解(http://www.tokyoeiwa.com/aoiro/lwyrs_cmnt170111.htm


「実力のある理系の人は米国へ」とならないことを一日本国民として切に願うところである。



参考
(原審判決):
東京地裁中間判決
 H14. 9.19 東京地裁 平成13(ワ)17772 特許権 民事訴訟事件
 http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/68E30201C592D60E49256C7F0023A178/?OpenDocument
東京地裁終局判決
 H16. 1.30 東京地裁 平成13(ワ)17772 特許権 民事訴訟事件
 http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/6F6054620D5D761C49256E6F0034B198/?OpenDocument


(原告、被控訴人、附帯控訴人)訴訟代理人弁護士事務所
東京永和法律事務所:
http://www.tokyoeiwa.com/led/proceeding.html


(被告、控訴人、付帯被控訴人)
日亜化学工業
http://www.nichia.co.jp/domino01/nichia/newsnca.nsf/press?openview&count=100