寝屋川教師殺人事件〜少年事件がおこるたびに問題になるが…〜

小学校侵入、教員ら殺傷 1人死亡、2人負傷
 14日午後3時10分ごろ、大阪府寝屋川市初町、市立中央小学校(坂根博一校長)に刃物を持った若い男が侵入し、教職員の男性1人と女性2人の腹などを刺した。
 3人は病院に運ばれたが、同小の教諭鴨崎満明さん(52)=寝屋川市池田=が間もなく死亡。同友村瑞枝さん(57)=同市豊里町=が重傷、栄養士福島明美さん(45)=同市太秦桜が丘=も手当てを受けている。児童にけがはなかった。
 学校から通報を受けた寝屋川署員が男を取り押さえ、殺人未遂の現行犯で逮捕した。寝屋川市内に住む職業不詳の少年(17)で、同署は殺人容疑でも追及する。
 調べでは、少年は校門から侵入し、グラウンドで応対に出た鴨崎さんを刺した後、2階の職員室に行き、女性2人を襲ったという。
共同通信) - 2月14日17時53分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050214-00000135-kyodo-soci

こういう事件が起こるたびに繰り返し議論になるところではあるが、
ここをつけはじめて最初ということで、書いておこう。


実名報道をしないことで、少年の利益を保護することにとって、
国民が実名報道によって得る利益を犠牲にするのが本当にいいのか考えると、
表現の自由を制約してまで、実名報道を制限するのがいいのかどうかわからなくなる。
今まで少年保護の名の元に実名報道を規制してきたツケが少年犯罪の凶悪化と何ら関連性がないのか?
その検証すら容易にできない状態にある。
17歳といえば、免許をとって単車に乗れる歳である。
単車で過失事故を起せば責任を採りうることを法は認めつつ、
一方で、このような凶悪な故意犯でも(実名報道等から)保護しようとしているのである。
「持っていたバイクの運転免許証から17歳の少年とわかった。」と報道されている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050214-00000005-yom-soci(読売新聞)
無制限に実名報道を認めるべきである、とまでは言わないにしても、
少年保護至上主義的な短絡的な少年保護政策は見直すべきではないだろうか。
何も表現の自由だけを言うのではない。
表現(議論)から導き出されるあらゆる検討自体が封殺されていることを考えねばならない。
加えてタチの悪いことに実名そのものだけでなく、推知しうるものもダメだかという。
それでは、本当に検証できないのである。
少年保護の名の元に行われてきた臭いモノにはフタ政策をきちんと見直すべきであろう。
これでは、本質を検証されることがないばかりか、繰り返されるだけである。


もはや報道機関だけが情報の発信者であるという時代は終わった。
ネット上にそれらしき名前がでて、法務省が躍起になって削除を依頼する。
それならば、きちんと報道して、何が真実であるのかということを明らかにする方が良いのではないか。
少年保護は、少年時代の犯罪事実を理由に就職上等の不利益を認めないという政策など、
別の措置もできるのではないか。
反対論者は、実名報道が私的制裁的であることに違和感を覚えるかもしれないが、
それは別途対処するべき問題であろう。
だからといって、表現の自由を保障することに得うる諸価値を否定する理由にはならないであろう。


少年の更生も重要であろうが、それがために言論封殺するのは誤りである。


表現の自由


少年擁護派

「改正」少年法を批判する

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