どこまでも裁判しよう!?

東京高判平成17年2月17日平成16年(ネ)第806号等著作権民事訴訟事件
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原審 東京地判平成15年12月26日平成15年(ワ)第8356号著作権民事訴訟事件
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/70D5C3BBE88636B049256E4B001E9751/?OpenDocument


【裁判】どこまでも行こう・記念樹(アストロミュージック社ホームページ)
http://www.remus.dti.ne.jp/~astro/hanketsu/hanketsu.html

なお、本稿では以下、
原告・被控訴人・附帯控訴人 有限会社金井音楽出版をX、
被告・控訴人・附帯被控訴人 社団法人日本音楽著作権協会をYもしくはJASRAC
小林亜星氏をA、「どこまでも行こう」の甲(楽曲を区別するときは甲曲)、
服部克久氏をB、「記念樹」を乙(楽曲を区別するときは乙曲)、
乙の作詞者天野滋氏をC、編曲者見岳章氏をD、フジパシフィックをZとする。
と表記する。


さて、原審と控訴審とでの判断の分かれ目は、 JASRACの過失である。
つまり、どの時点で侵害楽曲である「記念樹」の管理についての管理除外措置や許諾中止措置を採るべきだったかということになる。
時系列としては、次に要になる。

・昭和41年 Aが甲を作詞作曲。
・昭和42年2月27日 XはAから甲曲の各著作物の著作権をその編曲権を含めて信託譲渡を受ける。
・昭和42年2月28日 XはYに対して、著作権信託契約約款(本件信託契約約款)に従い,甲の著作権を信託譲渡して管理を委託。
・平成04年 B、乙に係る楽曲、乙曲を作曲。
・平成04年12月02日 乙は、Cを作詞者、Dを編曲者、ポニーキャニオンをレコード製作者(原盤制作者)、「あっぱれ学園生徒一同」を歌手とする曲として、「『あっぱれさんま大先生』キャンパスソング集」との題号のCDアルバムに収録される形で公表。
   Bは、乙曲についての著作権を、Cはその歌詞についての著作権を、それぞれZに対して譲渡。
・平成04年12月21日 ZはYに乙曲の作品届を提出。
   1日付で、Yに対し、乙曲及びその歌詞についての著作権を信託譲渡して管理を委託。
・平成10年07月28日 Aは、Bを被告として、損害賠償請求訴訟を提起し、引き続いて記者会見する。
・平成10年09月18日 Xも、Bを被告として,損害賠償請求訴訟を提起し,上記事件は併合審理。東京地方裁判所平成10年(ワ)第17119号、第21285号等。別件訴訟。
           Xは、Yに対し、同日受付けの内容証明郵便(代理人弁護士作成)を送付した。
・平成10年09月30日 Yは乙曲につき、平成10年12月期以降の著作物に関する使用料等の分配を保留する措置をとる。
・平成12年02月18日 東京地方裁判所は、別件訴訟につき、A及びXの請求を棄却する旨の第一審判決を言い渡し。
           A及びXは、同判決を不服として控訴(東京高等裁判所平成12年(ネ)第1516号事件として係属)。なお、控訴審において、乙曲が甲曲の二次的著作物であるとして、著作権法27条の権利(編曲権)侵害の主張を追加し、複製権侵害の主張は撤回。
・平成14年09月06日 別件訴訟につき、東京高等裁判所は、Bによる乙曲の創作が甲曲に係る編曲権を侵害するとして、第一審判決を変更し、A及びXの請求を一部認容する旨の控訴審判決を言い渡し。
           フジテレビは、乙曲の放送を中止。
・平成14年09月19日 Yは、インターネット上の乙曲の作品詳細表示欄に「注:訴訟継続中」(後に「訴訟係属中」と訂正)との表示をした。
・平成15年03月11日 最高裁判所第三小法廷は、Bの上告を棄却し、かつ上告審として受理しない旨の決定。
           上記控訴審判決が確定した。
・平成15年03月13日 Yは、乙曲の利用許諾を中止する措置をとる。
・平成15年04月16日 XはYに対して著作権侵害を理由として本件訴え提起。
・平成15年12月26日 原審判決
・平成17年02月17日 本件判決


原審は次のように判示している。
なお、機種依存文字である白丸数字は(1)(2)に置き換えた。また、証拠関係は省略する。

(1) 被告は,…音楽著作権を管理している公益社団法人である。被告は,音楽の著作物の著作権者の権利を擁護し,あわせて音楽の著作物の利用の円滑を図り,もって音楽文化の普及発展に資することを目的とし,この目的を達成するため,(1) 音楽の著作物の著作権に関する管理事業,(2) 音楽の著作物に関する外国著作権管理団体等との連絡及び著作権の相互保護,(3) 特別の委託があったときは,音楽の著作物以外(小説,脚本を除く。)の著作物の著作権に関する管理事業,(4) 私的録音録画補償金に関する事業,(5) 著作権思想の普及に関する事業及び音楽の著作物の著作権に関する調査研究,(6) 音楽文化の振興に資する事業,(7) 会員の福祉に関する事業,(8) その他被告の目的を達成するために必要な事業を行うものである。このような被告の目的や業務の性質上,被告は,自ら管理し著作物の利用者に利用を許諾する音楽著作物が他人の著作権を侵害することのないように,万全の注意を尽くす義務がある。
  被告は,多数の著作物を管理しており個別の調査義務はない旨主張するが,本件においては,平成10年7月に別件訴訟が提起され,乙曲が甲曲に係る著作権等を侵害するか否かが問題になっていることは大きく報道されたのであるから,被告は,遅くとも平成10年7月以降は,乙曲が甲曲に係る著作権を侵害するものか否かについて真摯にかつ具体的に調査検討し,著作権侵害の結果が生じることのないようにする方策をとるべき注意義務があったというべきである。そして,被告は,その事業の目的及び規模からしても,著作権侵害に当たるか否かについての調査能力を十分有しており,音楽専門家の間でも侵害非侵害の両論があったのであるから,著作権侵害の結果が生じる可能性を予見すべきであり,また,乙曲が甲曲に係る著作権を侵害していると判断される可能性があれば,乙曲の利用許諾を中止したり,利用者に訴訟が係属していることを注意喚起すること等によって,著作権侵害の結果を回避することができたものである。
  しかるに,被告は,別件訴訟が提起された後に,原告の依頼に基づき平成10年9月30日付けで著作物使用料分配保留の措置を執ったものの,利用者に対して,格別に注意喚起すら行っていなかった。被告は,別件訴訟の控訴審判決が言い渡され,フジテレビが乙曲の放送を中止した平成14年9月6日以降も,従前どおり利用許諾を続け,同月19日になって初めて,インターネット上の「記念樹」の作品詳細表示に「注:訴訟継続中」との表示を加えたのみであった。その後,平成14年11月20日開催の被告の通常評議員会において,別件訴訟控訴審判決が取り上げられ,国の判断が出た以上,被告は「記念樹」の利用許諾を中止すべきであるとの意見や,利用許諾を一旦停止し,最高裁の判決が出た場合に改めて取扱いについて判断して欲しいという意見が評議員から出されたにもかかわらず,被告は,最高裁の決定が出たときに結論を出すとして,格別の措置を執らなかった。また,平成15年2月19日開催の被告の通常評議員会において,再度Bから利用許諾を中止するよう要請があったが,被告は係争中である限りは,現在の状況を続けるとして,利用許諾を中止しなかった。結局,同年3月11日にされた別件訴訟の最高裁決定を受けて,被告は,同月13日に至り,ようやく乙曲の利用許諾を中止したものである。
  そして,本件において損害を請求されている平成15年3月期以降の著作物使用料分配保留分の利用許諾行為については,別件訴訟が提起された後であり,一部は編曲権侵害を肯定する別件訴訟控訴審判決が言い渡された後でもあるのであるから,被告としては,乙曲が甲曲の著作権を侵害するものであるか否かについてとりわけ慎重な検討をして著作権侵害の結果を回避すべき義務があった。しかるに,被告は,これを怠り,別件訴訟の控訴審判決前に関しては,利用者に対して,格別に注意喚起すら行っておらず,控訴審判決後も漫然と乙曲の利用許諾をし続けたのであるから,過失があったといわざるを得ない。
(2) 被告は,管理除外は被告の権限であって義務ではなく,逆に原告の要求のみに基づいて乙曲の管理除外措置を実施することは,多数の委託者の著作権を公平に管理すべき義務に反し,債務不履行に当たるなどと主張する。
  しかしながら,これは,被告と乙曲の管理を委託したフジパシフィックとの間の内部関係であって,法28条の権利を専有する原告との関係において過失を否定することにはならない。また,遅くとも,別件訴訟控訴審判決の後は,最高裁判所の判断が示されていないとはいえ,乙曲が甲曲の著作権を侵害している蓋然性が極めて高くなったのであるから,被告としては,管理を除外しあるいは一旦利用許諾を控える等,損害を拡大しないような措置を執るべきであった。被告は,著作権信託契約約款上,委託者に他の作品の著作権を侵害していないことの保証義務を課しているから,このような措置を執っても,乙曲の管理を委託したフジパシフィックとの関係において,信託契約上の債務不履行に当たることはない。
  したがって,被告の主張は,採用することができない。
(3) よって,乙曲の利用者に乙曲の利用を許諾した被告は,利用者による原告の有する法28条の権利の侵害を惹起した者として,その利用による損害を賠償すべき責任がある。

これに対して控訴審判決は、

 (2) 以上の事実に基づいて,Aが別件訴訟を提起した平成10年7月28日以降,控訴人が乙曲の利用許諾を中止した平成15年3月13日までの期間において,控訴人に何らかの注意義務違反等があったか否かについて検討する。
 (2-1) 控訴人が音楽著作物著作権の管理を実施するに際して負うべき注意義務ないし契約上の債務に関し,次のような一般的要素が考えられる。……
 (b) 控訴人の本件信託契約約款においては,委託者が控訴人に著作権の管理を委託する著作物について他人の著作権を侵害していないことを保証するものと定められ,受託者(控訴人)は,著作権の侵害について,告訴,訴訟の提起又は受託者に対し異議の申立てがあったときには,著作物の使用料等の分配を保留することができることとされ,さらに,受託者は,著作権の侵害について,告訴,訴訟の提起又は受託者に対し異議の申立てあったときには,著作物の使用許諾,著作物使用料等の徴収を必要な期間行わないことができる(第29条1号。「管理除外」との名称が付されている。以下「管理除外」ともいう。)こととされている。なお,上記の各条項は,平成13年10月2日のもの(ただし,平成14年7月11日一部変更)であるが,それ以前においても,同旨の内容の約定が存在したものと認められる。
 ところで,著作権侵害の疑いのある音楽著作物の利用許諾中止という措置は,著作権を侵害されるおそれのある者に対しては,より手厚い保護手段であるといえるが,一方で利用許諾を中止される音楽著作物としては,利用者の判断を経ることなく,控訴人の判断で楽曲が表現されることが差し止められるのであり,極めて重大な結果をもたらすものであって,後に侵害でないと判断された場合の利用許諾を中止された側の損害の回復は困難である(後に判示する保留された分配金のように,実質的に担保となるものがない。前記保証の制度から,このような場合の損害回復の必要性がないと推論することはできない。)。
 一方,使用料分配保留という措置は,著作権侵害であることが争われている音楽著作物の利用許諾を中止することなく,控訴人が使用料を利用者から徴収し,これを分配せずに控訴人の下に保留しておく措置である。著作権侵害を主張する側にとっては,当該侵害によって受ける損害が分配を保留された手数料を大きく上回るときは,利用許諾中止の措置よりは不十分な救済方法となるが,侵害が争われている音楽著作物の使用料相当の金額が保留されており,実質的に担保といい得るものとなっているので,仮に著作権侵害であるとされた場合でも,回復し難い損害でも生じない限り,侵害された側の損害回復は,通常は基本的に確保されているといえる。したがって,全体としてみて,使用料分配保留という措置は,特段の事情がない限り,利用許諾中止という措置に比べて,より穏当で,かつ,合理的な措置であるということができる。
 (c) 以上によれば,著作権の侵害について,訴訟の提起や異議の申立てがあった場合には,控訴人として,使用料分配保留措置又は利用許諾中止措置をとることができることとされているが,必ずいずれかの措置をとるべきであるとする条項は上記のとおり存せず,また,いずれの措置をとるべきかについての条項も存しない。
 しかしながら,控訴人は,多くの音楽著作物の著作権の信託譲渡を受け,それを管理するものであるが,控訴人の上記の目的や業務の性質,内容に照らせば,著作権の管理を実施するに当たっては別の著作権を侵害することがないように注意する一般的な義務があるところ,著作権侵害の紛争には,事案ごとに種々の事情があることが想定されるので,控訴人としては,事案に応じて,合理的に判断して適切な措置を選択することが求められているものと解される。
 そして,上記のようなとり得る各措置の特質を考えた場合,いずれの措置をとるべきか,換言すれば,一方の措置をとったことに不法行為責任又は債務不履行責任があるといえるか否かは,著作権侵害の明白性や侵害の性質など,事案ごとの諸般の事情を勘案して判断するのが相当である。


 (2-2) 被控訴人は,控訴人の著作権侵害行為として,控訴人の乙曲の利用許諾行為であると特定するところ,以上の点をふまえて,本件の具体的事情に照らして検討するに,Aが別件訴訟を提起した平成10年7月28日以降,控訴人が乙曲の利用許諾を中止した平成15年3月13日までの期間において,控訴人が乙曲の使用料分配保留措置をとりつつ,利用許諾を続けた行為は,控訴人の措置としてやむを得ないものと評価し得るのであり,控訴人に不法行為責任又は著作権信託契約上の債務不履行責任があるとはいえない。その理由は,以下のとおりである。
 (a) 前認定のとおり,Aは,平成10年7月28日,Bに対して,乙曲が甲曲を複製したもので著作者人格権を侵害するなどと主張して,損害賠償請求訴訟を提起し,記者会見をしたのであり,さらに,被控訴人も,同年9月18日,Bに対して,著作権侵害を理由に損害賠償請求訴訟を提起し,直ちに,その旨を控訴人に通知したのであるから,控訴人としては,この時点において,既に乙曲による著作権侵害の有無や乙曲の扱いに関する対応を検討すべき事態に至ったものというべきである。
 (b) そこで,まず,問題となるのは,乙曲による甲曲の著作権侵害の可能性である。
 別件訴訟についてみると,前認定のとおり,Bは,上記A及び被控訴人の請求を争い,別件訴訟の第一審判決では,被控訴人及びAの請求が棄却され,後に第二審判決により,請求が認められ,最高裁への上告及び上告受理申立てが排斥されて,請求の一部認容が確定したのであって,第一,二審でA及び被控訴人の主張に変動はあったものの,司法判断が分かれたものであった。そして,請求を一部認容した第二審判決をみても,判断が分かれたのは,事実の存否というようなものではなく,多くの音楽関係の専門家から意見書等が出され,種々の見解があった中から,最も相当な見解が選択されたことによるものであったことが推認される。
 これらの事情に照らせば,著作権侵害が明白であったとはいい難く,侵害の可能性についての控訴人の判断は,困難な状況にあったといえる。なお,別件訴訟の控訴審判決が請求を一部認容した後については,一般的には,著作権侵害等が肯定される可能性が高まったといえるであろう。しかし,上記の事情に加え,第二審判決は,異なる楽曲として公表された各楽曲間において編曲権侵害の成否が争われてその判断を示したものであって,先例も乏しい分野の争点であることなどにもかんがみれば,最高裁の判断を見極めようとした控訴人の対応を直ちに非難するのは困難である。
 (c) 上記のような状況下で判断を迫られていた控訴人に対し,被控訴人から次のような対応がされた。
 前認定のとおり,被控訴人は,平成10年9月18日付けの内容証明郵便において,控訴人に対し,乙曲の著作物使用料分配を保留するよう求め,乙曲の利用許諾の中止は求めていない。そして,控訴人は,前記のとおり,これを受諾するものとして,同月30日付けで乙曲の使用料分配保留措置をとった。
 また,前認定のとおり,被控訴人代表者は,別件訴訟の控訴審裁判所に宛てた平成14年1月15日付けの陳述書(乙6)において,上記使用料分配保留措置に言及し,「(控訴人が)適切な措置をとってくれました。」と陳述している。
 そして,本件全証拠によっても,被控訴人は,控訴人に対し,控訴人自らが乙曲の利用許諾中止の措置をとるまでの間に,乙曲の本件使用料分配保留措置が不当であることや,利用許諾中止措置をとるべきことを申し入れた事実は認められない。むしろ,上記の経緯に照らせば,本件使用料分配保留措置は,被控訴人の要求に沿って開始されたものであり,3年3か月以上もの間,乙曲の利用許諾が中止されることなく,使用料分配保留措置がとられ続けている状況の下で,被控訴人代表者自身が裁判所に対し,使用料分配保留措置が「適切な措置」であると評価する見解を表明しているのである。
 被控訴人代表者は,上記陳述書の記載について,本件第一審における平成15年11月20日付け陳述書において,控訴人が利用許諾を続けることを変えない措置は不適切であるどころか違法であると解釈していたが,被控訴人の当初の要請である分配の保留を控訴人が行ったことのみに対し,控訴人の正会員としての礼を紳士的に言ったまでであり,それが本件の論点となることは,的はずれであるなどと陳述している。しかし,乙6の陳述書の前後の文脈に照らし,また,前判示の被控訴人の一連の対応にかんがみても,陳述書における上記陳述は,到底首肯し得ない。被控訴人は,また,被控訴人が乙曲の利用許諾の継続を望むはずがないのであるが,控訴人の内部事情を知る被控訴人としては,乙曲の管理除外を書面などで要求しても無駄であると判断したなどと主張するが,この主張を裏付けるに足りる証拠がないだけでなく,上記認定事実に照らして到底採用し得ない。
 (d) ところで,乙曲について管理除外措置や使用料分配保留措置をとるか否かということは,控訴人と乙曲を管理委託したフジパシフィックとの間の契約関係に係るものであり,それ自体は,控訴人と被控訴人との間の本件著作権信託契約における債権債務関係の対象となるものではない。したがって,被控訴人としては,甲曲の著作権侵害行為を回避する手段として,控訴人に対し,フジパシフィックとの間の契約関係に基づいて,乙曲の管理除外措置や使用料分配保留措置をとるように権限行使の発動を求めるという関係になる。
 そこで,上記(c)の被控訴人の行為をみると,被控訴人は,前記状況下にある控訴人に対し,乙曲の管理除外措置をとることなく利用許諾を継続することになる「使用料分配保留措置」をとることを申し入れて,その後も了承していたものというべきである。乙曲による甲曲の著作権侵害の有無について係争中であるという状況下における控訴人の対応方について,上記の申入れ及び了承がある以上,その申入れ等の内容が一見して明白に不合理であり,この申入れ等に従った場合には,申入れ等をした権利者に回復し難い損害を生じるなどの特段の事情がない限り,控訴人としては,上記申入れ及び了承に従って,乙曲の使用料分配保留措置をとりつつ利用許諾を継続すれば,後に判決で著作権侵害が確定しても,不法行為責任又は著作権信託契約上の債務不履行責任を負うものではないというべきである(法的評価としては,違法性の問題か過失の問題かなどということはあり得るが,これを基礎付ける事実関係は,当事者が主張するところである。)。
 特段の事情についてみるに,全体としてみて,使用料分配保留という措置は,利用許諾中止という措置に比べて,より穏当で,かつ,合理的な措置であるということができることは,前記(2-1)(b)のとおりであること,上記の内容証明郵便による被控訴人の申入れは,代理人弁護士によってされたものであり,利用許諾中止措置(管理除外措置)を求めた場合には,仮に被控訴人が別件訴訟で敗訴したときに相当額の賠償責任を負うという危険があったことも考慮すれば,別件訴訟の判決が未確定のうちは,使用料分配保留措置を求めるとの方針で申し入れたとしても決して不合理ではないといえること,被控訴人が主張する損害について,別件訴訟の控訴審判決によって検討するも,著作権侵害による通常の財産上の損害にすぎず,決して回復困難な損害であるということはできないことなどに照らせば,特段の事情があるとはいえない。
 なお,前記のように,平成14年11月20日開催の控訴人の通常評議員会において,ある評議員から,控訴人としては,乙曲の許諾を中止すべきではないかとの意見が述べられたことが認められるが,控訴人内における一意見があったことを示すものにすぎず,被控訴人から使用料分配保留措置をやめて,利用許諾中止措置をとることの要求があったわけではない。また,平成15年2月19日開催の控訴人の通常評議員会において,Aは,乙曲に関する信託契約の解除か,使用料の徴収を必要な期間行わない措置をとるべきとの趣旨の発言をしたことが認められるが,前認定のとおり,その発言は,Bとの裁判のことを言いたいのではなく,新しい定款を作ろうとしても,それを守らなければ何にもならないということを言いたい,との趣旨であることを自ら述べているとおりであるし,平成14年11月20日開催の控訴人の通常評議員会には,Aも出席しているが,乙曲の扱いに関する上記の議論に関しては,特段の発言はない。そして,そもそも控訴人と甲曲について著作権信託契約の当事者関係にあるのは被控訴人であり,甲曲の著作権を有するのも被控訴人であって,Aではない。よって,上記控訴人の通常評議員会の議論が控訴人の責任を直ちに導くものとはいえない。むしろ,上記通常評議員会は,率直な議論と慎重な検討の末,結論に至ったものであり,問題視すべき点は見当たらない。
 (e) 上記のほか,使用料分配保留措置の開始が訴え提起後約2か月経過してからであったことは,双方の言い分を検討する必要性なども考えれば,遅きに失したとはいえず,また,利用許諾の中止が別件訴訟の最高裁決定の日付けの2日後であった点も,決定がその日付けにおいて言い渡されるものではないこと(郵送により申立人に告知されるのが,実務の通常の扱いである。)も考えれば,遅きに失したとはいえない。
 (f) 被控訴人は,控訴人が,乙曲について管理除外措置を取らなかったことで,フジテレビのように控訴人の利用許諾に藉口して盗作の利用を継続することを助長することになり,控訴人の責任は大きいと主張する。しかし,仮に,フジテレビがそのような主張をしたとしても,被控訴人との関係では失当であることは明らかであって,控訴人が使用料分配保留措置をとりつつ管理除外措置をとらなかったために,盗作の利用が助長されたとまではいい難い。被控訴人の上記主張が控訴人の不法行為責任又は債務不履行責任を根拠付けるものとはいえない。
 (g) 以上によれば,平成10年7月28日以降,平成15年3月13日までの期間において,控訴人が乙曲の使用料分配保留措置をとりつつ利用許諾を続けた行為について,控訴人に不法行為責任又は著作権信託契約上の債務不履行責任があるとはいえない。


 (3) 被控訴人は,当審で請求を拡張した結果,平成4年12月1日の乙曲の利用許諾の当初に遡って,損害賠償請求をしている。そこで,平成4年12月1日からAの別件訴訟提起日の前日である平成10年7月27日までの期間における控訴人の不法行為責任又は債務不履行責任の有無について検討する。
 控訴人が乙曲の利用許諾を開始した以上,前判示のような注意義務を負うことに変わりはない。そして,この期間においては,控訴人は,使用料分配保留措置をとることなく,単に,乙曲の利用許諾をしたことが認められる。
 そして,被控訴人は,控訴人において,譜面の提出を要求し,かつ,常時譜面のチェック機関を設けるべきである旨を主張し,この義務を尽くしておれば,乙曲を控訴人が管理することは防止できたはずであるなどと主張する。
 しかしながら,別件訴訟提起日までに,控訴人に対し,乙曲について著作権侵害の問題が提起されたことを認めるに足りる証拠はない上(甲78によれば,この問題が発覚したのは平成10年3月末ころであり,提訴前にBとの間で内容証明郵便の送付などがされた程度であると認められる。),別件訴訟提起後の期間に係る(2)に判示したところにも照らせば,平成4年12月1日から平成10年7月27日までの期間における控訴人の利用許諾を続けた行為(前記のとおり,被控訴人は,控訴人の著作権侵害行為として,控訴人の乙曲の利用許諾行為であると特定した。)について,控訴人に不法行為責任又は著作権信託契約上の債務不履行責任があるとはいうことはできない。


 3 以上判示したとおり,控訴人には,不法行為責任も債務不履行責任もないというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の請求は,当審で拡張した部分を含め,すべて理由がないというべきである。
 なお,被控訴人が控訴人と共同不法行為の関係にあると主張するポニーキャニオン,フジパシフィック及びフジテレビに対しては,被控訴人一部勝訴の第一審判決が確定しているが,控訴人においては,前判示のような固有の事情が存在する。また,控訴人は,営利を目的とする法人ではなく,仲介業務法の下においては,業務は文化庁長官の許可制で,使用料の定めは文化庁長官の認可制となっていたのであり,著作権等管理事業法の下においては,業務を行うには登録で足りることになり,使用料規程も文化庁長官への届出制となったものの,その内容の適正さを確保すべき種々の制度上の担保が存在するのであって,控訴人の定款では,決算において収入が支出を超過する場合の収支差額金があるときは,必ず著作物使用料の関係権利者に分配することとされており,営利企業のように処分することはできない。このようなことからすると,レコード会社,音楽出版会社,テレビ局等の営利企業は,音楽著作物を利用することで収益を上げ,仮に利用した音楽著作物が結果として他の著作権を侵害する事態となった場合でもリスクを分散し得る方策を有するのに対し,控訴人は,そのような組織原理を有しておらず,両者を直ちに同列に論ずることは困難である。よって,上記ポニーキャニオンなどに対する請求が一部認容されたからといって,本件における控訴人の責任を肯定すべきことにはならない。


控訴審と原審の視点の違いは、JASRACが侵害楽曲として主張されている乙曲にどのような措置を採るべきか、ということであろう。
原審は、権利侵害の蓋然性が高かったのであるから、許諾を控えるべきであったとするのに対して、
控訴審は、「利用許諾を中止される音楽著作物としては,利用者の判断を経ることなく,
控訴人の判断で楽曲が表現されることが差し止められるのであり,極めて重大な結果をもたらすものであって,
後に侵害でないと判断された場合の利用許諾を中止された側の損害の回復は困難である」という。
さらに、判断の困難性や、その他、本件における経緯、控訴審の団体としての特性にまで配慮している。
思うに、楽曲の発表を表現行為であるとすると(ここを否定する音楽は少ないであろう)、
JASRACの利用許諾中止は実質的な差止である(事後的差止ではあるが。)。
JASRACそのものは、公権力ではないが、表現の自由の保障の趣旨からいけば、利用許諾中止はできるだけ避けるべきである。
しかも、係争中であり、判決が確定していない段階でこれを認めることを要求するのは、かなり困難なように思われる。
一方で、権利侵害を主張する者に対する経済的損失については、使用料分配保留という措置が担保するという。
「使用料分配保留という措置は,特段の事情がない限り,利用許諾中止という措置に比べて,より穏当で,かつ,
合理的な措置であるということができる。」のである。控訴審が妥当であろう。
発表後であるから、表現の自由に対する事前差し止めと同一視することはできないが、利用許諾中止は実質的な差止である。
判決が侵害であることを確定していないにもかかわらず、そのような判断をJASRACに求めるのは、
いずれの楽曲に対しても、配慮するべきであることに鑑みれば困難というべきであろう。
結果として、乙が甲を侵害していたことをもって、JASRACに責任を問うのは困難であろう。
JASRACは、権利保護も目的にするが、それは一方の権利者のためにすればいいというものではない。
むしろ、公表された著作物は、それを利用するところに意義があり、そのために権利許諾機関であることに鑑みれば、
ごくごく例外的な特段の事由がない限り、利用許諾中止をしないという措置が違法性は問われることはないというべきであろう。
細部の認定はともかくとして、大きな枠組みとしては、控訴審を支持したい。


ところで、小林亜星氏は、被控訴人のサイトにて、

JASRACに対して損害賠償を求めた裁判の判決を読んで〜
判決文をお読みいただければ解りますが、あまりにもお粗末なもので、裁判官としての資質を疑いました。
私はこの裁判に直接参加してはおりませんが、私の曲「どこまでも行こう」の著作権を預けていた関係で、
敗訴した(有)金井音楽出版側を応援しておりました。
しかし一方、勝訴した(社)日本音楽著作権協会評議員も務めているという微妙な立場でもありますので、
これ以上のコメントは差し控えます。
平成17年2月17日 小林亜星
http://www.remus.dti.ne.jp/~astro/hanketsu/home.html

とコメントしている。
どこかどう「お粗末」で、どのような判断につき「裁判官としての資質を疑」っているのであろうか。
裁判批判はもちろん構わない。しかし、これでは単なる誹謗中傷である。
「微妙な立場」とはいえ、そのように意見するのであれば、どこかどう「お粗末」で、どこに「資質を欠く」のかも
おっしゃるべきであろう。
事実評価認定はなんともいえませんが、法的評価については、「粗末」とはいえませんし、
少なくとも一審よりは良く書けていると思いますよ。
このような小林亜星氏のコメントに、私は、彼の人間としての資質に疑いを感じずにはいられない。
余談ではあるが、記しておきたい。