引用による著作者に対する名誉毀損の成否〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(18)〜

登録商標一覧?〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(1)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050324/1111595733
著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(2)
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050406/1112753849
著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(3)
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050410/1113141421
教育目的利用〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(4)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050411/1113154362
著作権侵害の慰謝料〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(5)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050414/1113412430
企業とのやりとりメールの公開〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(6)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050414/1113445853
漫画の引用?〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(7)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050418/1113816642
著作物の利用と個人情報保護〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(8)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050422/1114144419
番組見逃した!他〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(9)
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050427/1114583745
契約書の著作権著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(10)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050502/1114964637
美術の著作物の著作権著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(11)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050509/1115577829
著作権は誰でももてるか/ホームページへの音楽ファイル掲載〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(12)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050511/1115748685
時刻表の著作権著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(13)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050513/1115915809
パソコンソフトの私的複製〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(14)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050514/1116011532
画風について〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(15)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050529/1117299022
FTPでファイル共有〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(16)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050608/1118167552
キットの組み立て〜著作権等の知的財産権関連の質問とその回答(17)〜
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050630/1120065359
※この一覧はあくまで「はてな」での質問に関連して回答したものです。
 著作権絡みの記述は他にもありますので興味のある方は検索してみてください。

question:1120022851
【著作権?について】ある「その道の権威者」がある雑誌のインタビューに答え、そこで誤った説を出してしまい、その誤った説がそのまま雑誌に掲載されました(その権威者は掲載当時からその説の誤りを認めている)。ですが、現在ネット上で『あの権威者がある雑誌でそう言っていた』と取り上げられる機会が多く困っています。こういった場合、ネット上で取り上げているサイトに対して、その権威者は「掲載中止を要求・強制」したり、「掲載しないで欲しい」とお願いすることは法律的に可なのか否なのか??憶測の回答ではなく、可否どちらでも根拠をお願いします。?一番の目的は『掲載を止めて欲しい』です。サイト運営者に対し説得力ある方法を模索しています。*「責任は誤った記事を掲載した出版社にあるので出版社に言え」等の回答はいりません。ちょっと説明が解りづらいかもしれませんがよろしくお願いします。

という質問と関連して、著作物を引用することが、被引用著作物の著作者の名誉毀損として不法行為となるか否か。


まず、「『掲載しないで欲しい』とお願いすることは法律的に可なのか」というと、可であろう。
お願いすることを法は禁じていないように思われる。
脅迫的言辞を用いれば別論、単にお願いすることは法律的に妨げられない。


さて、「掲載中止を(要求・)強制」することが、「法律的に可なのか」ということについて、
まずは著作権法に関して、著作者と著作権者を確認しておくと、権威者発言部分の著作者はその権威者であり、
著作権は必ずしも明らかでないが、譲渡しているとは考えにくく、これも権威者であろうと思われる。
以下、これを前提に話を進めると、
まず、著作権侵害を理由に差止を求めることについては、引用要件を満たしている限り困難のように思われる。

差止請求権
第百十二条  著作者、著作権者、出版権者、実演家又は著作隣接権者は、その著作者人格権著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

次に、著作者人格権侵害を考える。
まず、すでに撤回した内容の文章を引用する行為が著作者人格権を侵害するかということを考える。
そもそも著作物の撤回を認めることができるかであるが、この点については、

(出版権の消滅の請求)
第八十四条
3  複製権者である著作者は、その著作物の内容が自己の確信に適合しなくなつたときは、その著作物の出版を廃絶するために、出版権者に通知してその出版権を消滅させることができる。ただし、当該廃絶により出版権者に通常生ずべき損害をあらかじめ賠償しない場合は、この限りでない。

という規定がある。このような撤回権については、

著作者が、著作物の作成の際して抱いていた確信が後に変わってしまった場合にも、依然としてその著作物の出版が続けられるとすれば、著作者の精神的苦痛は大きい。著作者の確信に適合しなくなった著作物は、もはや著作者の人格の発露とはいえず、出版の根絶により、著作物と著作者の間の靱帯を断つことも必要となる。
斉藤博『著作権法 第2版』152頁(有斐閣,2004)

と説明されている。
しかしこれは、「複製権者たる著作者」が出版者に対して出版権を消滅させるにすぎない。
この点について、

撤回権は広義の著作者人格権の1つに数えることができるはずであるが、撤回権の主体を複製権者に限る点は、人格権としての性格になじまないところである。そもそも撤回権を「出版」の廃絶にのみ関連づけている点も、中途半端な位置付けといえよう*1。
*1 撤回権につき、その主体を複製権者に限定するだけなく、広く著作者一般とし、撤回の範囲も出版権に限らず、他の著作物利用全般に及ぶ旨定めるほうが妥当であろう。ドイツ法42条の定める確信変更による撤回権…はそのように包括的なものである。
斉藤博『著作権法 第2版』152-153頁(有斐閣,2004)

と指摘されている。
著作権の規定を外れ、一般的人格権として差止が認められる余地は否定できない。
しかしながら、引用による利用についてどこまで敷衍できるかはなお議論の余地があろう。
権利付与や利用許諾について同様の解除権を認めうるとしても、
引用についてや複製物の回収についてまでこれを認めると、表現の自由との関係で少なからぬ問題が残る。
一般的人格権としての撤回権を認めるとしても、引用部分についてまで撤回を求めうるかについても困難であろう。
次に、

著作権法(昭和四十五年五月六日法律第四十八号)
(侵害とみなす行為)
第百十三条  次に掲げる行為は、当該著作者人格権著作権、出版権、実演家人格権又は著作隣接権を侵害する行為とみなす。
6  著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。

という規定をみる。撤回した内容について引用して利用することが、
「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用」にあたるか?
撤回した内容について引用したことが直ちに「著作者の名誉又は声望を害する方法により…利用」とはいえないだろう。
ことさらに見解を変更したことを批判するために引用するとかであれば、
「著作者の名誉又は声望を害する方法」といえることがあるかもしれないが、
単に、自己の見解の補強として引用している場合にまでそのように言うことはできないように思われる。
なお、著作者たる権威者の発言がきちんと引用されている限り、現在の見解に反しても、
同一性保持権侵害となるものではないことは言う間でもない。


次に名誉毀損について検討しておく。
なお、刑事と民事はきちんとわけ検討するべきである。
刑事は故意犯で過失では処罰されえない。一方で民事不法行為は過失でも成立しうるという点が決定的に異なる。
もっとも、客観面についてはほぼ同様であろう。
また、名誉毀損罪が成立しても、有罪なだけで、回復措置が採られるわけではない。
本質問で刑事を持ち出すのは事実上の抑止力以外の意味はないように思われる。
筋道としては民事的構成で考えるのが妥当のように思われる。


では、『あの権威者がある雑誌でそう(○○と)言っていた』ということが名誉毀損なのか?
この点、必ずしも、ある人が○○と発言したというだけで、社会的評価が低下するとはいえない。
「○○と言う」とことだけでも社会的評価が低下することが必要となる。
つまり、当初の見解を示すこと自体が一般人をして社会的評価を低下させると判断させるものでなければならない。
たとえば、過失名誉毀損である石原都知事が「日韓併合の歴史を100%正当化するつもりはない」との発言したのを
誤って「100%正当化するつもりだ」とのテロップをつけて報道したTBS事件の場合、
石原都知事が「100%正当化するつもりだ」”ということが、氏の社会的評価を低下させるものであるという前提が必要である。
(仮に一般人が「日韓併合の歴史を100%正当化ができると思っていれば、何ら社会的評価は低下しない。)
この前提なくして、名誉毀損は成立し得ない、ということをまず確認しておく。
「その誤った説」が客観的に誤ったもの(真実に反するもの)であれば、成立しそうだが、
見解(意見)として誤った(別意見を妥当)と思って撤回したものであれば、必ずしもそうはいえないように思われる。
もっとも、この質問でその点は明らかでははない。
なお、『「あの権威者がある雑誌でそう(○○と)言っていた」のは××だ』ということが別途名誉毀損となりうるが、
質問文からは、必ずしもそういうものではないように思われる。
仮にこの点に名誉毀損を認めるのであれば、「あの権威者がある雑誌でそう(○○と)言っていた」の真実性が問題になる、
という議論は可能だが、本件ではそのようなものではないように思われる。
以下「あの権威者がある雑誌でそう(○○と)言っていた」ということが名誉毀損となるということを前提に検討する。
わかりやすくいえば「1+1=3」と言っていたといえば、名誉毀損となりうる。
(「あの権威者は○○と嘘をついている」というのと同じで、社会的評価を低下させているといえる。)
○○が「1+1=3」だという、ということは名誉毀損になりうる。
ただし、(民事上)故意過失が必要である。
「1+1=2」というように撤回したこと知っていれば故意があるといえようが、
そのことを知らなければ、知らないことに過失があるかどうかということになるように思われる。
ただ、仮に「あの権威者がある雑誌でそう(○○と)言っていた」というだけでも名誉毀損にあたるとしても、
民事上違法なるかは表現の自由との調整が必要になる。
一般的には真実性の法理による違法性の否定、および相当性の法理による故意否定が認められるところである。
では、単なる引用による名誉毀損(というものを肯定できるとして)において、この法理をそのまま適用できるか。
引用が表現の自由との調和との観点から認められる意義にかんがみれば、
引用における利用にあたっては、「公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合」というべきであろう。
また、正確に引用されていれば「摘示された事実が真実である」ということもできるように思われる。
したがって、「『あの権威者がある雑誌でそう(○○と)言っていた』のは××だ」ということが名誉毀損で、
真実性の法理・相当性の法理の適用を受けないような場合を除いては、名誉毀損として違法とはならないといべきと思われる。


質問文からどのように『あの権威者がある雑誌でそう(○○と)言っていた』とされているのかわからないが、
単に引用しているにとどまる場合には、何らの違法も存しないのではないかと思われる。