理論の著作物性

理論名に著作権認めず トレーニング法で大阪地裁
 米大リーグのイチロー選手らの指導で知られる鳥取市のスポーツトレーナー小山裕史さん(48)が、独自のトレーニング理論の名称を無断で雑誌に使われたとしてゴルフダイジェスト社(東京都港区)に雑誌の販売差し止めなどを求めた訴訟の判決で大阪地裁は12日、請求を棄却した。
 田中俊次裁判長は「理論が独創的でも、直ちにその名称に著作物性が認められるわけではない」と判断。小山さんが独自理論とした「初動負荷」の名称について「ありふれた表現にすぎず、著作物と認めることはできない」と理由を述べた。
 判決によると、ゴルフダイジェスト社はゴルフ雑誌「チョイス」の2003年11月号で「初動負荷」の名称を使いトレーニング方法を紹介する記事を掲載した。
 小山さん側は「名称を無断使用され、解釈も誤っていたため信用低下による損害を受けた」と主張していた。
共同通信) - 7月12日19時13分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050712-00000199-kyodo-soci

理論名を端的に保護する法律はありません。
保護する必要もないように思います。かえってその研究発展を阻害するだけでしょう。
著作権が保護するのは、その理論を説明した“表現”です。
もちろん、理論名そのものを表現として保障するという考えられないことはありませんが、
「初動負荷」という四文字熟語に著作権があったらえらいことになります。(日経平均株価の「○○円」の著作権も似たようなもの?)
この最後の部分について述べたのが本判例です。

大阪地判平成17年7月12日平成16年(ワ)第5130号著作権民事訴訟事件
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/caa027de696a3bd349256795007fb825/aac4650f502bc5d34925703f0006485b?OpenDocument

1 著作権侵害に基づく請求について
(3) しかしながら,まず,このような運動・トレーニング方法に関する理論を原告が独創し,その名称を創作したものであるとしても,著作物性は具体的な表現について認められるものであり,理論について認められるものではないから,理論が独創的であるからといって,直ちにその名称に著作物性が認められるわけではない。
(4) そこで,原告Aが創作した「初動負荷」及び「終動負荷」という名称表現について検討するに,まず「初動負荷」について見ると,ある抽象的な理論や方法(ここでは運動・トレーニング方法がそれに当たる。)を端的に表現する名称として,それを漢字四文字の熟語で構成することは,日本語において常用される表現方法であるところ,前記のような,運動の動作の開始時において負荷を与えた後に,その負荷を適切に漸減するという運動・トレーニング方法の名称を考えるに当たり,「運動の動作の開始時において」「負荷を与える」という代表的な要素を抽出して,「初動負荷」と名付けることは,広辞苑」(第五版)において「初動」とは「初期段階の行動」の意味であるとされていることもふまえると,ありふれた表現にすぎず,創作性を有する著作物と認めることはできないというべきである。
 また,「終動負荷」という名称について見ると,確かに「終動」という言葉は一般の日本語にはなく(前掲「広辞苑」にも見られない。),原告Aの創作した造語であると認められる。しかし,新旧二つの理論や方法に名称を付与する際に,両者の名称が対になるようにするのは日本語として常用される表現方法であることからすると,やはりありふれた表現にすぎず,創作性を有する著作物と認めることはできないというべきである。
(5) この点について原告Aは,前記のような運動・トレーニング方法を端的に表現する方法はいくらでもあるから,「初動負荷」及び「終動負荷」という表現には創作性があると主張する。
 しかし,原告Aが「初動負荷」の代わりに考えられるとする名称も,「主動筋円滑」トレーニング,「筋共縮防止」トレーニング,「初期負荷後漸減」トレーニング,「始動負荷」トレーニング,「瞬間負荷」トレーニング,「反射促進」トレーニング,「終盤加速型」トレーニング,「負荷変動式」トレーニング,「逓減負荷」トレーニング,「加速増進負荷」トレーニングという程度にとどまるのであって,このうち四文字熟語として構成されるのは4種類にすぎず,しかも,うち3種類に「○○負荷」の名称を付されているのであるから,「運動の開始時に負荷を与える」ということから最も端的に発想される「初動負荷」という名称に特段の創作性を認めることはできない。
 原告Aは,同様に「終動負荷」についても,「均一継続負荷」トレーニング,「持続負荷」トレーニング,「逓増負荷」トレーニングという名称が考えられると主張するが,わずか3種類にすぎず,「初動負荷」と対になる四文字熟語として表現しようとした場合に最も端的な「終動負荷」に特段の創作性を認めることはできない。
(6) 以上より,原告Aの著作権侵害に基づく請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。

創作性判断の一例を提示したことのに本判決の意義があるといえる。(同旨判例の存否のチェックしていません。)
四文字熟語程度では独創性を認めるべき特段の事情がないかぎり、創作性は認められないということであろう。
なお、創作性に関する裁判例として、

東京高判昭和62年2月19日昭和61年(ネ)第833号(当落予想表事件)
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/D6B9F09ACC833F2049256A76002F8B50/?OpenDocument
……「創作的に表現したもの」とは、厳格な意味での独創性があるとか他に類例がないとかが要求されているわけではなく、「思想又は感情」の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で現われていれば足り、……
……しかもそこに表現されたものには控訴人の個性が現われていることは明らかであるから、控訴人の著作に係る著作物であると認めるのが相当である。

東京地判平成7年12月18日平成6年(ワ)第9532号(ラストメッセージin最終号事件)
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/ACBC1088C5CF399649256A7600272B21/?OpenDocument
ある著作が著作物と認められるためには、それが思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要であり(著作権法二条一項一号)、誰が著作しても同様の表現となるようなありふれた表現のものは、創作性を欠き著作物とは認められない。
 本件記事は、いずれも、休刊又は廃刊となった雑誌の最終号において、休廃刊に際し出版元等の会社やその編集部、編集長等から読者宛に書かれたいわば挨拶文であるから、このような性格からすれば、少なくとも当該雑誌は今号限りで休刊又は廃刊となる旨の告知、読者等に対する感謝の念あるいはお詫びの表明、休刊又は廃刊となるのは残念である旨の感情の表明が本件記事の内容となることは常識上当然であり、また、当該雑誌のこれまでの編集方針の骨子、休廃刊後の再発行や新雑誌発行等の予定の説明をすること、同社の関連雑誌を引き続き愛読してほしい旨要望することも営業上当然のことであるから、これら五つの内容をありふれた表現で記述しているにすぎないものは、創作性を欠くものとして著作物であると認めることはできない。
2 右観点からすると、本件記事……は、いずれも短い文で構成され、その内容も休廃刊の告知に加え、読者に対する感謝…、再発行予定の表明…あるいは、同社の関連雑誌を引き続き愛読してほしい旨の要望…にすぎず、その表現は、日頃よく用いられる表現、ありふれた言い回しにとどまっているものと認められ、これらの記事に創作性を認めることはできない。
3 他方、右七点を除くその他の本件記事については、執筆者の個性がそれなりに反映された表現として大なり小なり創作性を備えているものと解され、著作物であると認められる。

ラストメッセージin最終号

ラストメッセージin最終号

阪高判平成6年2月25日平成2年(ネ)第2615号
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/AC4ACEBE3145211449256A7600272B98/?OpenDocument
…数学に関する著作物の著作権者は、そこで提示した命題の解明過程及びこれを説明するために使用した方程式については、著作権法上の保護を受けることができないものと解するのが相当である。一般に、科学についての出版の目的は、それに含まれる実用的知見を一般に伝達し、他の学者等をして、これを更に展開する機会を与えるところにあるが、この展開が著作権侵害となるとすれば、右の目的は達せられないことになり、科学に属する学問分野である数学に関しても、その著作物に表現された、方程式の展開を含む命題の解明過程などを前提にして、更にそれを発展させることができないことになる。このような解明過程は、その著作物の思想(アイデア)そのものであると考えられ、命題の解明過程の表現形式に創作性が認められる場合に、そこに著作権法上の権利を主張することは別としても、解明過程そのものは著作権法上の著作物に該当しないものと解される。
 文献…が思想を創作的に表現したものであり、学術の範囲に属するものとして著作物性を有し、控訴人及び被控訴人ほかの共同著作物となったものであることは疑いない。しかし、控訴人が、本訴で文献…の著作権侵害として主張するところは、帰するところ、【A】グループの共同研究の成果である文献…で明らかにされた、「ウィルソン・コーワンの模型からよく知られた微分方程式を導き脳波現象の解明に大きな貢献をすることができる」という命題を、空間相互作用の有無に分類して、第一、第二論文の主要命題として、あるいはその前提となるものとして、第一、第二論文に解き明かした被控訴人の行為であるというのである。この主張からも明らかなように、ここで主張されている著作権侵害形式は、文献…に表された命題の解明過程にあり、その独自の表現形式が著作権の侵害として主張されているものではない。

参考文献:大渕哲也他編著『知的財産法判例集有斐閣,2005 isbn:4641143498


参考までに他の判断事項もみておく。

2 不正競争防止法2条1項1号違反に基づく請求について
(1) 請求原因(4)イ(ア)(被告らの商品等表示としての使用)について検討する。
(4) (3)掲記の各使用例を見れば,本件記事において,「初動負荷(トレーニング)」という表現は,前記(3)ウで簡単に定義された運動方法を呼称する概念用語として使用されているものと認められ,被告らの商品ないし営業について,その出所表示として使用されているものでないことは明らかである。
 したがって,本件記事において被告らが「初動負荷(トレーニング)」という言葉を不正競争防止法2条1項1号所定の「商品等表示」として「使用」したとは認められない。
(5) よって,その余の点について判断するまでもなく,原告らの不正競争防止法2条1項1号違反に基づく請求は理由がない。

3 債務不履行に基づく請求について
(2) 本件執筆契約に基づく原告A主張の付随義務の存否について検討する(請求原因(5)イ)
 ところで,契約を締結した当事者は,その合意内容に従い,互いに契約の目的とした給付を実現する義務を負う。本件執筆契約の場合には,原告Aについては原稿を執筆する義務が,被告会社の場合にはそれを雑誌に掲載するとともに報酬を支払う義務がそれに当たる。そして,原告A及び被告会社が,このような給付義務によって実現しようとした契約利益を達成するために,給付義務の発生,履行及び消滅の全過程を通じて,互いに何らかの注意義務を信義則上負う場合があることは原告Aの主張するとおりである。
 しかし,本件では,本件執筆契約に基づく原告Aと被告会社の執筆義務,掲載義務及び報酬支払義務は,原告Aの執筆に係る原稿が掲載された週刊ゴルフダイジェスト誌の平成15年10月分までが無事発行され,原告Aに同執筆に係る報酬が支払われたことにより,いずれも履行されて消滅しており,それらの義務によって実現しようとした契約利益は実現されている。したがって,本件執筆契約に係る原稿の執筆及びその掲載を離れて,被告会社が原告A主張のような注意義務を信義則上負うとは認められない。
 もっとも,原告Aの主張は,本件執筆契約が前提とした契約利益の中には,本件執筆契約による執筆・掲載後を通じて,一般的に被告会社が原告Aが提唱し実践する初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関してその独創性を尊重し保護することや,初動負荷理論・初動負荷トレーニングに関する原告Aの経済的利益を尊重し保護することも含まれているという趣旨であるとも解される。しかし,このような合意内容は通常の執筆契約における契約当事者の合理的意思から大きく隔たっている。一般大衆向けのゴルフ関係雑誌を発行するにすぎない被告会社が,今後の記事内容を制約することにもなりかねないこのような意思の下に本件執筆契約を締結したものとは考えられない。このことは,原告Aが請求原因(5)イで指摘する事情が仮に存したとしても同様である。したがって,原告A主張のような前提は採用できない。
(3) 以上より,原告Aが主張する付随義務はこれを認めることができないから,その余について判断するまでもなく,原告Aの債務不履行に基づく請求は理由がない。

代理人弁護士もいろいろ考えたなぁ、と。

4 不法行為に基づく請求について
(1) 原告らは,自ら構築してきた独自の初動負荷理論と,その実践により得てきた社会的信用・名声の故に,「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称を独占的に,あるいは,対価を得て第三者に専属的に利用させ得る法的救済に値する利益を有しているところ,被告らはこれを侵害したことによる不法行為責任を免れないと主張する。
 しかしながら,原告Aが独自の初動負荷理論を自ら構築し,原告らにおいてその実践により社会的信用・名声を得てきたとしても,「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった名称について,著作権等の知的財産権によらないで独占的な使用権を原告らに認めることはできない。すなわち,現行法上,営業や役務や理論や方法の名称の使用に関しては,商標法,著作権法不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が,一定の範囲の者に対し,一定の要件の下に排他的な使用権を付与し,その権利の保護を図っているが,その反面として,その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため,各法律は,それぞれの知的財産権の発生原因,内容,範囲,消滅原因等を定め,その排他的な使用権の及ぶ範囲,限界を明確にしている。これら各法律の趣旨,目的にかんがみると,「初動負荷理論」や「初動負荷トレーニング」といった理論やトレーニング方法の名称等の使用につき,法令等の根拠もなく名称の発案・使用者に対し独占的な使用権を認めることは相当ではないというべきである。
 したがって,不法行為の被侵害利益として,原告らが主張する法的保護に値する利益は認められない。
(2) 原告らは,被告会社及び被告Bは,原告Aが初動負荷理論という独自の理論の提唱者であり,原告らが同理論の実践を中心とした経済活動をしていることを熟知していたのであるから,被告会社が雑誌等の製作出版行為を行い,被告Bが本件記事の執筆を行う際,「初動負荷」理論について記述するならば,同理論については提唱者である原告Aを明示し,また内容を歪曲するなどして同理論の提唱・実践者である原告らの利益を侵害しないように注意すべき義務があったと主張する。
 確かに,原告Aが初動負荷理論の提唱者として得ている社会的名声や,その実践によって原告らが得ている経済的利益を第三者が侵害することは許されるところではない。しかし,仮に原告ら主張のような事情を被告らが認識していたとしても,原告らにその理論や名称を独占的に使用する権利が認められない以上,被告らは自由にその理論や名称に言及して,同理論に関する記事を記述し得るのは当然であり,その記述が徒に原告らの名誉,信用を害するとか,営業を妨害するという内容のものでない限り,原告らに対する不法行為を構成するものではないというべきである。そして,本件記事にはそのような内容の記述も見当たらないから,被告らが本件記事において初動負荷理論の提唱者である原告Aを明示せず,また原告Aの考えるものと異なる内容を初動負荷理論の内容として記述したからといって,それが原告らに対する不法行為を構成するとはいえない。
(3) 以上より,不法行為に基づく請求は,その余について判断するまでもなく理由がない。
5 以上によれば,原告らの本件請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

一般に知的財産法が一般不法行為法(民法709条)の特則であるといわれることにかんがみれば、
当然のことを確認したといえるでしょう。この点も同旨の裁判例の存否は未確認。


眺めているといろいろおもしろいことが判示されています。

追記:
小山裕史氏の「初動負荷理論」については、

新トレーニング革命―初動負荷理論に基づくトレーニング体系の確立と展開

新トレーニング革命―初動負荷理論に基づくトレーニング体系の確立と展開

初動負荷理論による野球トレーニング革命

初動負荷理論による野球トレーニング革命

を参照ください。