船橋西図書館焚書事件最高裁判決(2)

船橋西図書館焚書事件最高裁判決
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050714/1121312435

Library & Copyrightに、こういう指摘があった。

この判決では、「図書館が無分別に図書を廃棄する行為は、当該図書の著作者の人格的利益の侵害に該当する」しか言っていないわけです。「権利」となると、何やら著作者が廃棄を止めさせるよう請求できたりするような感じがしますけど、そんなことは一言も述べられていません。
著作者に「権利」が認められたのでしょうか?: Library & Copyright

このコメントに関連して、少し勝手に考察してみたい。
確かに、判決文は「権利」だとか「人権」だとかは直接的にはいっていない。「人格的利益」というにとどまる。
では、「権利」とはいえないのか?
「権利」といっても請求権、自由権などと分類でき、必ずしも「権利=請求権」ではない。
「権利」というと、「何やら著作者が廃棄を止めさせるよう請求できたりするような感じが」するから、
「権利」というべきではない、という点にはついてはまさに「感じ」にすぎない。
本判決は、人格的利益侵害を認めている。
本件が対公立図書館の事案であることも考えると、(もちろん議論の余地はあろうが、)
実質的な権利(人権)性を認めることができるように思われる。
少なくとも、妨げられない権利という自由権としての権利性は認めたといっていいであろう。


では、なぜ人格権ではなく「人格的利益」なのか?
地裁における原告の主張をみると、

(エ) 被告Aは,原告つくる会やその運動に関与し,あるいは賛同している保守的な思想家の本につき,その思想的な立場ゆえに西図書館から排除しようとして本件除籍等を行ったものであり,これにより原告らは,上記権利を侵害され,図書館利用者への思想・表現等情報伝達を妨害されない地位を侵害されたことは明らかである。
 エ 名誉毀損・人格権等の侵害
 原告らは,本件除籍等により,図書館から与えられていた「読むに値する良識ある作品」という評価を一方的に撤回され,原告らは,文筆家としての社会的地位の低下を被るとともに,表現者・文化人としての誇りを傷つけられ,名誉を毀損されるとともに,名誉感情や人格的利益を著しく侵害された。また,被告Aによる本件除籍等は,著作者として自らの著作を公衆に広く提供し,または提示する権利その他著作者人格権著作権法18条〜20条,50条,113条3項,82条等)の根底を形成する著作者の人格権(著作者が自己の著作物について有する人格的利益)を侵害するものである

としている(下線部筆者)。上告審においても同様の主張はされているであろう。
これに対して、最高裁は、

公立図書館の図書館職員が閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いによって廃棄することは,当該著作者が著作物によってその思想,意見等を公衆に伝達する利益を不当に損なうものといわなければならない。そして,著作者の思想の自由,表現の自由憲法により保障された基本的人権であることにもかんがみると,公立図書館において,その著作物が閲覧に供されている著作者が有する上記利益は,法的保護に値する人格的利益であると解するのが相当であり,公立図書館の図書館職員である公務員が,図書の廃棄について,基本的な職務上の義務に反し,著作者又は著作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは,当該図書の著作者の上記人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となるというべきである。

としている(下線部筆者)。
裁判所が、「著作者の人格権」とはせずに、著作者が自己の著作物について有する「人格的利益」を用いて
判示した意図を考察してみるのもおもしろいかもしれないが、
憲法に明文化されたものではないし、名誉権のように一般化された権利でもないということだろうか?
この点、最高裁判決で「人格的利益」を用いた判決は、最高裁判例集で検索すると5件ある。
(ただし、あくまで判決文中に「人格的利益」という語があるということである。)

H17.07.14 第一小法廷・判決 平成16(受)930 損害賠償請求事件 (本判決)
H15.12.09 第三小法廷・判決 平成14(受)218 保険金請求事件
H06.02.08 第三小法廷・判決 平成1(オ)1649 慰藉料 (『逆転』判決)
H01.12.21 第一小法廷・判決 昭和60(オ)1274 損害賠償等
S59.01.20 第二小法廷・判決 昭和58(オ)171 書籍所有権侵害禁止

有名な判決としては、前科についての「『逆転』判決」である。
http://courtdomino2.courts.go.jp/schanrei.nsf/VM2/CF4088374AF5102C49256A8500311E44?OPENDOCUMENT

最三小判平成6年2月8日民集第48巻2号149頁
 ……原審は、……本件著作が出版されたころには、被上告人は、右の事実を他人に知られないことにつき人格的利益を有し、かつ、その利益は、法的保護に値する状況にあったというべきところ、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用してその前科にかかわる事実を公表したことを正当とする理由はなく、……
 ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである(最高裁昭和五二年(オ)第三二三号同五六年四月一四日第三小法廷判決・民集三五巻三号六二〇頁参照)。

ただ、ここでは原審の判断として、「人格的利益」を用語を用いたにすぎず、最高裁自身の判断では、
「法的保護に値する利益」というにすぎない。そして、ここで引用された昭和56年判決は前科照会事件判決である。

最三小判56年4月14日民集第35巻3号620頁
前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、……
http://courtdomino2.courts.go.jp/schanrei.nsf/VM2/9A166D777E9B28B349256A8500311FF4?OPENDOCUMENT

この判決について、芦部信喜憲法』103頁(岩波書店,1996)は、
憲法上の権利として広義のプライバシー権を認める趣旨と解される見解も示している」とする。
「利益」とはするものの、裁判上の救済を受けることができる具体的権利であるいえ、
憲法13条により導かれる一般的人格権の一内容としての憲法上の権利性を認めているということができる。
前科事実を知られずに平穏に生活することを、前科を「みだりに公表され」ることによって侵害されない、
という自由権としての権利性があるということができる。「利益」であるとしても権利性を認めることができよう。


ところで、今回の判決を理論が少し分かりにくい。

公立図書館が,上記のとおり,住民に図書館資料を提供するための公的な場であるということは,そこで閲覧に供された図書の著作者にとって,その思想,意見等を公衆に伝達する公的な場でもあるということができる。したがって,公立図書館の図書館職員が閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いによって廃棄することは,当該著作者が著作物によってその思想,意見等を公衆に伝達する利益を不当に損なうものといわなければならない。そして,著作者の思想の自由,表現の自由憲法により保障された基本的人権であることにもかんがみると,公立図書館において,その著作物が閲覧に供されている著作者が有する上記利益は,法的保護に値する人格的利益であると解するのが相当であり,公立図書館の図書館職員である公務員が,図書の廃棄について,基本的な職務上の義務に反し,著作者又は著作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは,当該図書の著作者の上記人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となるというべきである。

という。
この「利益」侵害は、図書館が無分別に図書を廃棄するような場合といった特段の状況
(これに限られるかどうかは本判決の射程の問題であるが)でのみ、違法な侵害行為となる。
書籍の処分は、本来有体物所有権者の自由であって、図書館であっても異ならない。
思想の自由や表現の自由があるといっても、書籍の処分について通常文句はいえない。
これによって、表現が妨げられるとはいえないからである。
しかし、公立図書館の所有図書の場合、これを廃棄することは、
図書の受入によって間接的になされる表現行為(図書館を通じた表現行為)を妨げることになる。
その役割により所有権が一定の制約を受け、人格的利益が優越するということであろうか。
ここでは、著作者の著作物上の利益というよりは、著作者の物を用いた表現の利益と言う方がよいのだろう。
ごく簡単にかけば、著作者人格権侵害というよりは、表現の自由の侵害ということであろう。
図書館が(少なくとも一旦受け入れた本について)恣意的に廃棄することは、
表現行為上の人格的利益を害する行為ということである。


そして、この判決の射程であるが、まず「受入」の恣意性が表現上の人格的な利益侵害となるものではないであろう。
これを認めると請求権を認めることになる。これについては、法律による具体化が必要と思われる。
また、恣意的でない図書館の保有能力や書籍の物理的状態による処分などについても、違法とはならないであろう。
この点は、所有者としての権限事項と考えてよいように思われる。
問題は、恣意的廃棄を事前に察知した場合に差止が認められるかである。
おそらくは図書館関係者が気にするところであろう。
裁判所があえて人格「権」とはせずに、「人格的利益」としたのは、請求権的性質を否定するためのということもできる。
人格権としてしまうと、それに基づく差止請求…となりかねないからである。
実質的にも、恣意的破棄を違法としたにすぎず、受け入れ義務がないことを前提とすると、
損害賠償の問題というにすぎないというにすぎないように思われる。
また、本件では差し止めを求めるものではないし、弁償されており回復請求が問題にならない事案である。
この点については何ら判断されておらず、判決の射程もきわめて限定的に考えるべきであろう。