食玩の著作物性〜著作権法と意匠法の交錯〜

読んでみると結構いろいろ興味深い。かなり長いけど、メモ。

大阪地判平成16年11月25日平成15年(ワ)第10346号・平成16年(ワ)第5016号 著作権 民事訴訟事件
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/A5995F69F3DDB1984925701B000BA37B/?OpenDocument
阪高判平成17年7月28日平成16年(ネ)第3893号 著作権 民事訴訟事件
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/de82f46c93d5a39c49256795007fb736/254c347a63a90fca4925704d00118bae?OpenDocument
※なお、知財高裁とあるのは大阪高裁の誤りである。

高裁判決は引用判決だが、著作物性については、その判断を異にしている。

(1) 証拠により認定できる事実
 前記前提事実に加え,各項に掲げた証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
<省略(http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/de82f46c93d5a39c49256795007fb736/254c347a63a90fca4925704d00118bae?OpenDocument)>

(2) 以上の認定をもとに検討する。
ア 著作権法の規定
  著作権法2条1項1号は,著作物を,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義し,同法10条は,「絵画,版画,彫刻その他の美術の著作物」(1項4号)を著作物の例示として挙げている。一方,同法2条2項は,「この法律にいう「美術の著作物」には,美術工芸品を含むものとする。」と定めている。
イ 純粋美術と応用美術の区別
(ア) 美的創作物は,思想又は感情を創作的に表現したものであって,制作者が当該作品を専ら鑑賞の対象とする目的で制作し,かつ,一般的平均人が上記目的で制作されたものと受け取るもの(純粋美術)と,思想又は感情を創作的に表現したものであるけれども,制作者が当該作品を上記目的以外の目的で制作し,又は,一般的平均人が上記目的以外の目的で制作されたものと受け取るものに分類することができる。
  いわゆる応用美術とは,後者のうちで,制作者が当該作品を実用に供される物品に応用されることを目的(以下「実用目的」という。)として制作し,又は,一般的平均人が当該作品を実用目的で制作されたものと受け取るものをいう。
(イ) 前記アのように,著作権法は,著作物の例示中に「絵画,版画,彫刻その他の美術の著作物」を挙げた上で,「美術の著作物」には「美術工芸品」を含む旨を規定しているから,「美術の著作物」は,純粋美術に限定されないことは明らかである。しかし,著作権法2条2項により「美術の著作物」に該当することが明らかである一品制作の美術工芸品を除く,その他の応用美術が「美術の著作物」に該当するかどうかは,同法の条文上,必ずしも明らかではない。
(ウ) ところで,応用美術は,?純粋美術作品が実用品に応用された場合(例えば,絵画を屏風に仕立て,彫刻を実用品の模様に利用するなど),?純粋美術の技法を実用目的のある物品に適用しながら,実用性よりも美の追求に重点を置いた一品制作の場合,?純粋美術の感覚又は技法を機械生産又は大量生産に応用した場合に分類することができる。このことに,本来,応用美術を含む工業的に大量生産される実用品の意匠は,産業の発達に寄与することを目的とする意匠法の保護対象となるべきものであること(意匠法1条),これに対し,著作権法は文化の発展に寄与することを目的とするものであり(著作権法1条),現行著作権法の制定過程においても,意匠法によって保護される応用美術について,著作権法による保護対象にもするとの意見は採用されなかったこと,一品制作の美術工芸品を越えて,応用美術全般に著作権法による保護が及ぶとすると,両法の保護の程度の差異(意匠法による保護は,公的公示手段である設定登録が必要である(方式主義)上,保護期間(存続期間)が設定登録の日から15年であるのに対し,著作権による保護は,設定登録をする必要はなく(無方式主義),保護期間(存続期間)が著作物の創作の時から著作者の死後50年を経過するまでの間,法人名義の著作物は公表後50年を経過するまでの間等とされている。)から,意匠法の存在意義が失われることにもなりかねないことなどを合わせ考慮すると,応用美術一般に著作権法による保護が及ぶものとまで解することはできないが,応用美術であっても,実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるだけの美術性を有するに至っているため,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価される場合は,「美術の著作物」として,著作権法による保護の対象となる場合があるものと解するのが相当である。
(エ) 以上の観点から,本件模型原型が「美術の著作物」に該当するか否かについて検討を加える。

ウ 本件模型原型は純粋美術か否か。
(ア) まず,本件模型原型は,前記認定のとおり,いずれも,実在する動物や,絵画に描かれた妖怪ないし人物等を立体的に表現したものである。
  本件模型原型は,実在する動物や,絵画に描かれた妖怪ないし人物等を立体的に表現するに当たって,誰が制作しても同じような表現にならざるを得ないような類型的な表現方法を用いたとはいえず,一定の限度で制作者の個性が表れているといえるから,思想又は感情を創作的に表現したものであるということができる(ただし,その創作性の程度には,後記のとおり高低がある。)。
(イ) ところで,菓子製造販売業者が,菓子の需要者(主に子供たち)に人気のある動物,乗り物等を模した小さな玩具や,漫画のキャラクターを描いたシール,カード等をおまけとして付けることで,菓子の需要者のおまけに対する収集欲を刺激し,菓子の販売促進を図ることは,これまでも広く行われてきた…。このような菓子等のおまけとなる玩具は,一般に「食玩」と称されている。
  本件フィギュアは,従来の食玩…に比べて,極めて精巧なものであるとはいえ,その使用目的は,やはり菓子のおまけとして付けられ,菓子の販売促進を図ることにあることに変わりはないと認められる。そして,本件模型原型は,上記のような本件フィギュアを量産するための金型の原型及び彩色用の見本として用いられるものである。
(ウ) してみると,本件模型原型は,前記(ア)のとおり思想又は感情を創作的に表現したものではあるけれども,制作者が,当該作品を専ら鑑賞の対象とする目的ではなく,実用目的で制作したものであり,かつ,一般的平均人が,実用目的で制作されたものと受け取るものというべきであるから,純粋美術には該当しないものと解するのが相当である。そして,上記制作目的及び一般的平均人の認識からすれば,本件模型原型は,応用美術に該当するものというのが相当である。

(エ) なお,証拠…及び弁論の全趣旨によれば,本件フィギュアは,その精巧さから,販売後は子供たちのみならず一部の大人たちの間でも人気が出たことが認められ,証拠…及び弁論の全趣旨によれば,菓子の購入者の中には,菓子よりもおまけである本件フィギュアを目当てに購入した者が多かったこと,これらの者の多くは,本件フィギュアを鑑賞の対象として扱っていたことが認められる。
  しかし,純粋美術であれば,その巧拙を問わず著作物に該当し,著作権法による保護を受けることになるが,我が国の著作権制度のもとにおいては,著作権の成立には審査及び登録を要せず,著作権の対外的な表示も要求しない一方で,著作権侵害については刑事罰の規定も設けられていることを考慮すると,観る者によって当該作品を専ら鑑賞の対象とする目的で制作されたものと受け取るか否かの判断が異なるような作品についてまでも,純粋美術として著作権法による保護を与えることは,予測可能性を害するものであって,相当ではない。
  そして,上記各証拠をもってしても,本件フィギュアないし本件模型原型について,一般的平均人が専ら鑑賞の対象とする目的で制作されたものと受け取るとまでは認めがたい。
  また,制作者が,制作当時は,当該作品を専ら鑑賞の対象とする目的以外の目的で制作した作品が,制作後の事情により美術的な評価が高まり,当該作品が鑑賞の対象として取り扱われるようになったとしても,そのことにより,応用美術が純粋美術に転化し,著作物性を獲得するに至ると解することは,法的安定性を著しく害するものであって相当ではない。
  したがって,上記の事情は,前記(ウ)の判断を左右するものではない。

エ 応用美術たる本件模型原型は著作物か否か。
(ア) そこで,本件模型原型が応用美術であることを前提にして,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価されるか否かについて検討する。
(イ) 本件動物フィギュア
  前記認定のとおり,本件動物フィギュアは,市販の動物図鑑,鳥類図鑑等をもとに,動物の形状等を,可能な限り,実際の動物と同様に立体的に表現し,色彩も,実際の動物と同様の色,模様が付されたものであり,極めて精巧なものであって,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,相当程度の美術性を備えていると評価されるものといえる。このことは,前記認定のとおり,原告の制作に係る各種フィギュアが各地の美術館等で展示され,高い評価を受けていることからも裏付けられる。
  しかしながら,上記のとおり,本件動物フィギュアは,実際の動物の形状,色彩等を忠実に再現した模型であり,動物の姿勢,ポーズ等も,市販の図鑑等に収録された絵や写真に一般的に見られるものにすぎず,制作に当たった造形師が独自の解釈,アレンジを加えたというような事情は見当たらない(なお,甲第51号証によれば,本件動物フィギュアの中には,あえて実際の動物と異なる形状等を採用しているものも存在するが,これは,美術性を高めるためにデフォルメしたというよりも,主に,型抜きの都合や,カプセルに収まる寸法を確保するなどの製造工程上の理由によるものと認められる。)。したがって,本件動物フィギュアには,制作者の個性が強く表出されているということはできず,その創作性は,さほど高くないといわざるを得ない。
  してみると,本件動物フィギュアに係る模型原型は,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価されるとまではいえず,著作物には該当しないと解される。

  なお,本件動物フィギュアのうち,ツチノコについては,モデルとなる動物の生息が確認されていないため,実際の動物の形状,色彩等を忠実に再現したものとはいえず,他の本件動物フィギュアに比べれば制作者の個性が強く表出されているということができるけれども,やはり,これまでに描かれた数多くの想像図をもとに制作されたものであって,それらから想像される一般的なイメージの域を超えるものではなく…,いまだ純粋美術と同視し得る程度の美的創作性があるとまではいえない。
(ウ) 本件妖怪フィギュア
  本件妖怪フィギュアは,本件動物フィギュアと異なり,空想上の妖怪を造形したものである。
  確かに,前記認定のとおり,本件妖怪フィギュアのなかには,石燕の「画図百鬼夜行」を原画とするものもある。
  しかし,平面的な絵画をもとに立体的な模型を制作する場合には,制作者は,絵画に描かれた妖怪の全体像を想像力を駆使して把握し,絵画に描かれていない部分についても,描かれた部分と食い違いや違和感が生じないように構成する必要があるから,その制作過程においては,制作者の想像力ないし感性が介在し,制作者の思想,感情が反映されるということができる。
  そして,前記認定のとおり,本件妖怪フィギュアは,石燕の原画を忠実に立体化したものではなく,随所に制作者独自の解釈,アレンジが加えられていること,妖怪本体のほかに,制作者において独自に設定した背景ないし場面も含めて構成されていること(特に,前記認定の「鎌鼬」,「河童」や,「土蜘蛛(つちぐも)」が源頼光及び渡辺綱に退治され,斬り裂かれた腹から多数の髑髏(どくろ)がはみ出している場面…などは,ある種の物語性を帯びた造型であると評することさえも可能であって,著しく独創的であると評価することができる。),色彩についても独特な彩色をしたものがあることを考慮すれば,本件妖怪フィギュアには,石燕の原画を立体化する制作過程において,制作者の個性が強く表出されているということができ,高度の創作性が認められる。
  また,本件妖怪フィギュアのうち,石燕の「画図百鬼夜行」を原画としないものについては,制作者において,空想上の妖怪を独自に造形したものであって,高度の創作性が認められることはいうまでもない。
  そして,前記認定のとおり,本件妖怪フィギュアは,極めて精巧なものであり,一部のフィギュア収集家の収集,鑑賞の対象となるにとどまらず,一般的な美的鑑賞の対象ともなるような,相当程度の美術性を備えているということができる。
  以上によれば,本件妖怪フィギュアに係る模型原型は,石燕の「画図百鬼夜行」を原画とするものと,そうでないもののいずれにおいても,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価されるものと認められるから,応用美術の著作物に該当するというのが相当である。

(エ) 本件アリスフィギュア
  前記認定のとおり,本件アリスフィギュアは,テニエルの挿絵を立体化したものである。
  本件アリスフィギュアについても,本件動物フィギュア及び本件妖怪フィギュアと同様に,極めて精巧なものであって,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,相当程度の美術性を備えていると評価されるものといえる。
  しかしながら,本件アリスフィギュアは,平面的に描かれたテニエルの挿絵をもとに立体的な模型を制作する過程において,制作者の思想,感情が反映されるものであるから,創作性がないわけではないが,前記認定のとおり,本件アリスフィギュアは,テニエルの挿絵を忠実に立体化したものであり,立体化に際して制作者独自の解釈,アレンジがされたとはいえない(この点において,本件妖怪フィギュアとは事情が異なる。)ことや,色彩についても,通常テニエルの挿絵に彩色する場合になされるであろう,ごく一般的な彩色の域を出ていないことを考慮すれば,本件アリスフィギュアには,テニエルの原画を立体化する制作過程において,制作者の個性が強く表出されているとまではいえず,その創作性は,さほど高くないといわざるを得ない(ただし,前記認定のとおり,他にもテニエルの挿絵に彩色したものがあるが,証拠上,これらがどのような色であったかは判然としない。また,一部には背景ないし場面を含めて造型されたものもあるが(例えば「チェシャ猫」の木),これらの背景も,もともとテニエルの挿絵に描かれていたものである。)。
  してみると,本件アリスフィギュアに係る模型原型は,極めて精巧なものであるけれども,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,いまだ純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価されるとまではいえず,応用美術の著作物には該当しないと解される。

まとめると、
1.「美術の著作物」には、純粋美術+応用美術のうち「実用性や機能性とは別に,独立して美的鑑賞の対象となるだけの美術性を有するに至っているため,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価されるもの」も含まれる。
2.本件模型原型は純粋美術ではなく、応用美術である。
なぜなら、「その使用目的は,やはり菓子のおまけとして付けられ,菓子の販売促進を図ることにあることに変わりはないと認められる。そして,本件模型原型は,上記のような本件フィギュアを量産するための金型の原型及び彩色用の見本として用いられるものである」から。
なお、純粋美術というには、「一般的平均人が専ら鑑賞の対象とする目的で制作されたものと受け取る」ことが必要。
3.応用美術たる本件模型原型は著作物か否か。
3−1.本件動物フィギュア=否定
なぜなら、「実際の動物の形状,色彩等を忠実に再現した模型であり,動物の姿勢,ポーズ等も,市販の図鑑等に収録された絵や写真に一般的に見られるものにすぎず,制作に当たった造形師が独自の解釈,アレンジを加えたというような事情は見当たら」ず、「制作者の個性が強く表出されているということはできず,その創作性は,さほど高くないといわざるを得ない」から。
3−2.本件妖怪フィギュア=肯定
なぜなら、「平面的な絵画をもとに立体的な模型を制作する場合には,制作者は,絵画に描かれた妖怪の全体像を想像力を駆使して把握し,絵画に描かれていない部分についても,描かれた部分と食い違いや違和感が生じないように構成する必要があるから,その制作過程においては,制作者の想像力ないし感性が介在し,制作者の思想,感情が反映されるということができ」、「石燕の原画を忠実に立体化したものではなく,随所に制作者独自の解釈,アレンジが加えられていること,妖怪本体のほかに,制作者において独自に設定した背景ないし場面も含めて構成されていること…,色彩についても独特な彩色をしたものがあることを考慮すれば,本件妖怪フィギュアには,石燕の原画を立体化する制作過程において,制作者の個性が強く表出されているということができ,高度の創作性が認められ」「また,本件妖怪フィギュアのうち,石燕の「画図百鬼夜行」を原画としないものについては,制作者において,空想上の妖怪を独自に造形したものであって,高度の創作性が認められ」、「極めて精巧なものであり,一部のフィギュア収集家の収集,鑑賞の対象となるにとどまらず,一般的な美的鑑賞の対象ともなるような,相当程度の美術性を備えているということができる」から。
3−3.本件アリスフィギュア=否定
なぜなら、「平面的に描かれたテニエルの挿絵をもとに立体的な模型を制作する過程において,制作者の思想,感情が反映されるものであるから,創作性がないわけではないが,…テニエルの挿絵を忠実に立体化したものであり,立体化に際して制作者独自の解釈,アレンジがされたとはいえない(この点において,本件妖怪フィギュアとは事情が異なる。)ことや,色彩についても,通常テニエルの挿絵に彩色する場合になされるであろう,ごく一般的な彩色の域を出ていないことを考慮すれば,…テニエルの原画を立体化する制作過程において,制作者の個性が強く表出されているとまではいえず,その創作性は,さほど高くないといわざるを得」ず、「極めて精巧なものであるけれども,一定の美的感覚を備えた一般人を基準に,いまだ純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を具備していると評価されるとまではいえ」ないから。


一方、地裁の構成。

1 争点(1)(本件各契約における対象物である各種フィギュアの模型原型は著作物か)について
(1) 前記第2の1の前提事実並びに証拠…及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
<省略(http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/A5995F69F3DDB1984925701B000BA37B/?OpenDocument)>
(2)ア 著作権法は、2条1項1号で著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義し、10条の「著作物の例示」の規定では「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」(1項4号)を著作物の例示として挙げている。一方、同法2条2項は、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と定めている。
イ 本件模型原型は、いわゆる美術の範囲に属するものであることは明白であって、当事者においても争いのないところである。そこで、本件模型原型が「思想又は感情を創作的に表現したもの」といえるか否かを検討する。
  「思想又は感情を創作的に表現」するというときの創作性とは、表現が当該作者の何らかの知的活動の成果によるものであって、著作者の個性が現れていることをいい、必ずしも独創性が要求されるわけではない。他人の創作を模倣するにすぎないものや、たとえ他人の模倣ではないとしても、表現としてありふれたものであったり、表現方法が限定されているために誰が表現しても同じような表現となったりする場合には、作者の個性が現れているということはできず、創作性が否定される。
  前記(1)の認定事実によれば、チョコエッグ…及びチョコエッグ・クラシック…に使用されているおまけの模型原型は、市販の図鑑等を参照して、実在する、あるいはかつて実在した動物(ツチノコを除く。)の形状、姿勢、毛並み、色彩、模様等を可能な限り細部まで実物に近づくように作成されたものであり、その制作過程では高度の模倣手段・技術を用いて作成されたものと認められ、出来上がった模型原型及びその複製物は、市販のお菓子のおまけとして頒布されるフィギュアとしては、実在し、あるいはかつて実在した動物(ツチノコもこれに準じて考えられる。)に極めて近いものになっていると認められる。しかしながら、このように、実在の動物の形状等を可能な限り写実的に模倣して制作される模型原型については、機械的に写真に撮影したとか、誰が作成してもほぼ同じような表現にならざるを得ないような類型的な表現方法によった場合と異なり、高度に写実的な動物の模型を制作するという表現手段の中に、様々な技術や工夫が用いられており、著作者の個性が現れた創作行為が存在することは否定できない。そうすると、本件契約?ないし?及び本件契約?において対象となった模型原型は、著作権法2条1項1号にいう「思想又は感情を創作的に」表現した成果物という面については、これを肯定することができる。
  また、妖怪シリーズ(本件契約?ないし?)の造形原型は、Eにおいて、古くから存在する百鬼夜行の妖怪にも示唆を受けて、リアルな形態の立体的な妖怪を各種制作したものであるが、既存の特定の絵画等をそのまま模して作成されたものとは認められず(そのような事実を認めるに足りる証拠はない。)、古来我が国でいろいろな画家等が描いてきた妖怪とそれ程違いがあるわけではないにしても、制作者の個性が現れていないとはいえないから、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であること自体は、これを肯定することができる。
  一方、前記(1)エの認定事実によれば、アリス・コレクション…は、ルイス・キャロルの物語「不思議な国のアリスの冒険」「鏡の国のアリスの冒険」の挿絵としてジョン・テニエルが描いた線画を忠実に立体化させ、上記物語の内容に沿うように彩色されたものであって、出来上がった模型原型及びその複製物は、ジョン・テニエルの描いた挿絵(線画)を忠実に三次元の像としたものと認められる。なお、原告従業員が行った彩色と、ハリー・シーカーや英国マクミラン出版社の行った彩色との異同は不明であるが、アリス・コレクションはジョン・テニエルの描いた挿絵(線画)の雰囲気を三次元の像においても維持することを目的になされているため、その彩色はハリー・シーカー等のものと同様か、少なくとも挿絵の思想又は感情を超えて新たな思想又は感情を表現するようなものではなく、通常ジョン・テニエルの挿絵に彩色する場合になされるであろうありふれた彩色であると推測される。そうすると、アリス・コレクションにおける忠実な立体化やありふれた彩色によって制作された模型原型は、作者の何らかの個性が創作的に表現されているものと認めることはできない。
(3)ア ところで、先にも触れたように、「美術の著作物」については、著作権法2条2項が「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と定めている。同条項は、絵画、版画、彫刻等のような純粋美術のほかに、実用品であっても一品製作による手工的な「美術工芸品」が「美術の著作物」に含まれていることを明らかにしている。この点に関し、美術工芸品以外のいわゆる応用美術についても著作権法によって保護されるかどうかが問題になるところである。現行著作権法制定の経緯や、著作権法による保護と意匠法等の工業所有権法による保護との関係等に照らせば、著作権法上の前記条項は、実用に供され、あるいは産業上利用されることを目的とする美的な創作物、すなわち、実用品と結合された美術的著作物、量産される実用品のひな型として用いられることを目的とする美術的著作物、実用品の模様として利用されることを目的とする美術的著作物等、一般に応用美術の範疇に含まれるものについては、専ら美の表現のみを目的とするいわゆる純粋美術と同視できるような創作性、美術性を有するもののみを、「美術工芸品」に準じて、著作権法上の「美術の著作物」として著作権法による保護の対象とした趣旨であると解するのが相当である。
  チョコエッグチョコエッグ・クラシック及び妖怪シリーズの模型原型は、まさに、上記のような大量に生産されるある種の実用品(おまけないし玩具)の模型原型(ひな型)としての性格を有するものであるから、著作権法上保護される著作物に該当するかどうかを判断するためには、著作権法2条2項の観点からの検討が必要である。
イ そこで、本件のチョコエッグチョコエッグ・クラシックや妖怪シリーズの模型原型について、いわゆる純粋美術と同視できる創作性、美術性を有するかについて検討する。
  まず、チョコエッグ及びチョコエッグ・クラシックの模型原型は、上記のとおり、高度の技術が用いられて、実在の動物を写実的に模したものであり、お菓子のおまけとして安価で広く頒布されるフィギュアとしては美的な価値も備えており、この種のフィギュアの蒐集家にとっては、その精巧さや種類の豊富さもあって、それなりに美的鑑賞の対象ともなり得ることは否定できないところである。しかし、動物を写実的に模すのに、制作者の技術や工夫が見られるといっても、大量に製造され安価で頒布される小型のおまけであるから、純粋美術の場合のような美的表現の追求とは異なり、一定の限界の範囲内での美的表現にとどまっていることも否定できないのであり、客観的にみて、一般の社会通念上、美的鑑賞を目的とする純粋美術に準じるようなものとまではいえない。したがって、チョコエッグ及びチョコエッグ・クラシックの模型原型は、著作権法2条2項の規定の趣旨に照らして、「美術の著作物」には該当しないものというべきである。
  なお、…ツチノコについても、弁論の全趣旨によれば、未確認ではあるが日本の山野に棲息しているとして、だんだんその目撃談が紹介され絵にも描かれている「ツチノコ」を、これらの公刊物等を参照して制作された模型原型であると認められ、上記の動物の場合と同じく、大量に生産される小型のおまけの模型原型として制作されたものであり、その制作の内容に照らしてみても、純粋美術と同視し得るようなものとは評価できない。したがって、「ツチノコ」も、「美術の著作物」には該当しない。
  次に、妖怪シリーズで制作された妖怪の模型原型は、想像上のものであり、実在するものではないものの、被告の製造販売に係る菓子等のおまけにするために全く新たに創作されたものではなく、前記(2)イでも述べたように、旧来から人々の間に語り継がれ、絵画等に表されてきたものを参照して、立体化したものである(「百鬼夜行」については、過去の文献である「百鬼夜行」に掲載された妖怪を立体化したものであることも認められる。)。しかるところ、本件模型原型は、旧来、絵画等に表されてきた妖怪と比較して、それらをそのまま模したものではなく、創作者の個性がそれなりに現れたものであるとは考えられるが、やはり、前述のチョコエッグ等と同じく、大量に製造され安価で頒布される小型のおまけのために製造された模型原型であるから、制作者の技術や発想において優れたものがあり、創作的表現がされているとしても、純粋美術の場合のような美的表現の追求とは異なり、一定の限界内での美的表現にとどまっているといわざるを得ない。したがって、妖怪シリーズのフィギュアの模型原型についても、客観的にみて、一般の社会通念上、美的鑑賞を目的とする純粋美術に準じるようなものとまではいえないから、「美術の著作物」には該当しないものというべきである。なお、妖怪シリーズのフィギュアも、上記のチョコエッグの動物フィギュアと同じく、細部にわたるまで細かな成形、彩色が行われており、それらは、模型制作上の技術が高いことをうかがわせるが、そのことは、必ずしも、純粋美術と同視できるような創作性の存在に直結するわけではない。
ウ なお、量産品のひな型であっても、専ら美の表現を追求した純粋美術と同視できる創作性、美術性を有するものが存在することは否定し得ず、そのような創作性、美術性を有するものが存在したとすれば、それについて、量産品のひな型であるという理由によって、著作権法上の「美術の著作物」への該当性が否定されることはないというべきである。
  しかし、前記イのとおり、本件各契約の対象となったフィギュアの模型原型は、そのもの自体に、純粋美術と同視できる創作性、美術性を備えているとは認められず、その故に著作物に該当しないというべきであって、量産品の原型であることによって直ちに著作物であることが否定されるものではない。
  原告は、量産されるものであっても著作物性が否定されるものではなく、本件模型原型には純粋美術と同視し得る創作性、芸術性があると主張するが、原告の主張は、リアルな模型原型を制作する技術力について述べるものにすぎない。技術力と創作性や芸術性は異なるから、原告の主張は失当である。
(4) よって、本件模型原型は、いずれも著作権法上の著作物性を肯定することはできない。

まとめると、
1.模型原型の著作物性
1−1.動物シリーズ(チョコエッグ及びチョコエッグ・クラシック)=肯定
1−2.妖怪シリーズ=肯定
1−3.アリス・コレクション=否定
2.「…『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と定め」られており、「純粋美術のほかに、実用品であっても一品製作による手工的な「美術工芸品」が「美術の著作物」に含まれている」。…「この点に関し、美術工芸品以外のいわゆる応用美術についても著作権法によって保護されるかどうかが問題になるところである。現行著作権法制定の経緯や、著作権法による保護と意匠法等の工業所有権法による保護との関係等に照らせば、著作権法上の前記条項は、実用に供され、あるいは産業上利用されることを目的とする美的な創作物、すなわち、実用品と結合された美術的著作物、量産される実用品のひな型として用いられることを目的とする美術的著作物、実用品の模様として利用されることを目的とする美術的著作物等、一般に応用美術の範疇に含まれるものについては、専ら美の表現のみを目的とするいわゆる純粋美術と同視できるような創作性、美術性を有するもののみを、「美術工芸品」に準じて、著作権法上の「美術の著作物」として著作権法による保護の対象とした趣旨であると解するのが相当である。」
3.動物シリーズ・妖怪シリーズともに、「客観的にみて、一般の社会通念上、美的鑑賞を目的とする純粋美術に準じるようなものとまではいえ」ず、「美術の著作物」には該当しない。


このように、高裁と地裁とでは、妖怪フィギュアの著作物性について結論を異にしている。
しかしながら、結論は控訴棄却である。これは地裁判決が、

2 争点(2)(本件各契約の違約金支払規定は、被告が模型原型が著作物であり原告がその著作権を有しあるいは管理しているとの錯誤に陥っていたことを理由として、無効となるか)について
(1)<省略(http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/A5995F69F3DDB1984925701B000BA37B/?OpenDocument)>
(2) 以上の認定事実によれば、原被告間の本件各契約において、ロイヤルティ支払方式が採られた理由は、模型原型が原告の著作物であることを前提に、その使用料を支払うという趣旨からそうなったものではなく、新たな商品開発を行うに当たり、いかなる模型原型を制作するか決する権限を原告に与え、販売数量の多寡による利益と不利益を原告へのロイヤルティに反映させ、原告に、より優れた模型原型を制作するように動機付けを与える趣旨であったというべきである。
 チョコエッグは予想以上に販売が伸び、そのため本件契約?以降は契約書を取り交わすことになり、当該契約書の前文には、模型原型が著作物であってその権利を原告が有していることが明記された。しかし、そうであるとしても、前記認定の契約当初からの経緯に照らすと、CとBが、模型原型が著作物であり、その著作権を原告が有し又は管理していることを前提として、著作物の使用料としてロイヤルティを支払う方式を採ったとは考えられない。むしろ、模型原型が著作権法上の著作物に該当するか否かにかかわらず、原告がより優れた模型原型を制作し、それによって被告の菓子等の売上が増加した場合に、被告のみならず原告もそれによる利益を享受し得るようにする点に、ロイヤルティ方式を採る趣旨があったとみる方が、前記認定の原被告間の契約をめぐる経緯に合致するというべきである。
 さらに、契約書には、虚偽の数量報告をした場合には、報告しなかった数量分についてロイヤルティの2倍に相当する違約金を支払う旨の規定(違約金支払規定)が入れられたが、その趣旨は、ライセンシーによる報告数量の真実性を担保するため、予めロイヤルティよりも多い金額を違約金として定めたものと認められ、原告に著作権が帰属することからそのような違約金支払規定を置いたとは認められない。
 以上によれば、本件各契約の違約金支払規定の合意において、模型原型が著作物であり、原告が著作権を有しあるいは管理していることが要素となっていたということはできない。したがって、本件模型原型に著作物性が認められないとしても、あるいは原告が著作権を有しても管理してもいなかったとしても、そのことをもって本件各契約、とりわけその中の違約金支払規定が、錯誤により無効となるものではない。
(3) 被告は、契約書において、模型原型を著作物とし、原告が著作権を管理所有していることが前文に明記されるとともに、違約金支払規定が加えられたことからすれば、本件各契約、その中でも違約金支払規定は、模型原型が著作物であって原告がその著作権を管理所有していることを、契約(合意)の本質(要素)とするものである、したがって、模型原型が著作物ではなく原告がその著作権を管理所有していない以上は、被告には契約(合意)の本質(要素)に錯誤があることとなるから、本件各契約、その中でも違約金支払規定は無効であると主張する。
 しかし、契約の本質(要素)は、契約書等の文言のみならず、当該契約が締結されるに至った過程等を踏まえて、当事者の合理的意思解釈から決定されるべきである(どんな些細な事柄であっても錯誤がある以上は無効が主張できるとすることは取引の安全性を著しく害することとなる。)。本件各契約における契約書において、模型原型が著作物であって、その著作権を原告が管理又は所有していることを根拠として、違約金支払規定が入れられたことをうかがわせる事情はない上、仮にこれが契約の本質(要素)となっていたのであれば、平成14年1月のアリス・コレクションに関して第三者から著作権等の侵害であるとの指摘を受けたときに、あるいは同年5月の妖怪シリーズの造形師が被告との間ではロイヤリティ方式ではなく買取方式を採っていることが判明したときに、この点について原告に問い合わせるなどするはずのところ、被告はそのような行動を一切起こしていない。
 したがって、被告の主張は失当である。

とし、

本件各契約では、模型原型が著作物であることや原告が著作権者又は著作権の管理者であることは契約の要素となっておらず、したがって、仮にこの点に何らかの錯誤があるとしても、そのことをもって本件各契約が無効となることはないことは、前記2で述べたとおりである。

と述べて、著作物性に関わらず原告の請求を(一部)認容している。
そして、この点に関して、高裁も、

(19) …59頁9行目,同10行目及び同18行目の各「模型原型」をいずれも「本件模型原型」と,同11行目の「契約の錯誤」を「要素の錯誤」と,同21行目の「述べたとおりである。」を「認定判断したとおりである(なお,本件妖怪フィギュアに係る模型原型は,著作物に該当するといえるから,本件契約?ないし?の締結について,そもそも被告に錯誤はない。)。」と,60頁1行目の「述べたとおりである。」を「認定判断したとおりである。」と各改める。

とし、結論に影響を与えるものではないからである。
ただ、このことからすれば著作物性判断は傍論ということになり、井上薫判事のいう蛇足ということになる。
その点については、今回は目をつぶっておこう。