憲法改正を考える(その15)〜自民党新憲法要綱に5項目追加〜

自民、改憲要綱案に環境権など5項目追加
 自民党の新憲法起草委員会(委員長・森喜朗前首相)は26日、国民の権利・義務に関する小委員会(船田元委員長)を開き、7月にまとめた改憲要綱案に環境権や知的財産権など5項目の「新しい権利」を追加することを決めた。起草委は11月22日の結党50年大会での改憲草案公表に向け前文の作成などを急ぎ、10月中に最終的な草案を策定する方針だ。
 環境権をめぐっては、国の責務として国民に良好な環境を提供する役割を明記。知的財産権の項目では特許や著作権など企業の経済活動に不可欠となっている知財の保障を明記する。国民のプライバシーを守るための「個人情報を守る権利」や、国による国民への説明責任を規定する「国民の知る権利」、社会的弱者を守るための「障害者や犯罪被害者の権利」に関する項目も追加する。
 7月の要綱案では、これらの権利は「さらに議論すべき項目」として結論が先送りされていた。26日の小委員会では、家庭を保護する義務や社会保険料の支払い義務など「国民が果たすべき責務を草案に盛り込むべきだ」との意見も出たが、見送られる公算が大きい。 (00:14)
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20050926AT1E2600O26092005.html

自民党http://www.jimin.jp/jimin/shin_kenpou/index.htmlではまだ掲載されていないし、
さらに条文ベースでみないと、細かいことはなんともいえないのだが、気になる点をいくつか。


「環境権をめぐっては、国の責務として国民に良好な環境を提供する役割を明記」という点については、
国民が国家に良好な環境を求めるという権利であって、憲法にいう「人権」の本来的意義であって、
しかも判例は認めていないことからすれば、保障の意義はあるといえる。
もっとも、「責務」だと裁判所はプログラム規定と考えて、人権としての性質を希薄化するおそれがあるので、
その点には注意する必要がある。


知的財産権の項目では特許や著作権など企業の経済活動に不可欠となっている知財の保障を明記する。」
知的財産権」も財産権であるから、29条で必要十分である。
あえて憲法にかく実益は所有権のような私権性が本質的に低いということである。
アメリカ合衆国憲法第1条第8節は、

The Congress shall have power
To promote the Process of Science and useful Arts, by securing for limited Times to Authors and Inventors the exclusive Right to their respective Writings and Discoveries;
連邦議会は、次の権限を有する
著作者およびその発明者に対し、それぞれの著作及び発見に対する排他的な権利を一定期間保障することにより、科学および有用な芸術の進歩を促進すること。
松井茂記アメリ憲法入門(第5版)』』330-331頁(有斐閣,2004)isbn:4641047952

と規定する。連邦への権限付与条項であるので、日本の人権規定は若干異なるが、
ここでの意義は、知的財産権が、
「それぞれの著作及び発見に対する排他的な権利を一定期間保障することにより、
科学および有用な芸術の進歩を促進する」ためのものであることを明記している点にある。
すでに知的財産権(著作財産権)は憲法29条により保障されている。
明記する実益は、保護至上主義に対して憲法的に歯止めをかける点には見出せるのだが…。
ちなみに自民党著作権を経済活動に不可欠とするが、本来は文化発展のために創設された権利である。
その権利を経済活動に用いることは構わないけども経済活動保護のために、文化発展が阻害されてはいけないのである。
かなり誤解があるようなので、この点には注意を要する。
というか、今までの政府自民党著作権法改正主張がこの点を誤解してなされたことがこれで明らかにあなたのではないか?


国民のプライバシーを守るための「個人情報を守る権利」
プライバシーを守るには、2つの視点があって、
実体的にプライバシー(自己に関する私的な知られたくない事項)を守るということと、
個人情報保護法にいう個人の情報(プライバシーかどうか必ずしもリンクせず)の取扱いを適正にするということである。
この点が現在混同されており区別する必要がある。
国民のプライバシーを守るための「個人情報を守る権利」ではあまりに不明確である。


国による国民への説明責任を規定する「国民の知る権利」
国民主権原理からも当然のことで、政府自民党から明記する、というのは
そうしないと十分責任を果たせないということか?事実そうだけど。
明記することはには賛成だが、ちょっと違和感がある。


社会的弱者を守るための「障害者や犯罪被害者の権利」
両者を並列に取扱うのはどうかと思うが…。
障害者の権利とは何?犯罪被害者の権利とは何か?
前者は社会権で、後者は刑事手続関与権?前者と14条の関係は?
この点も記事だけは不明確である。


不明確な点を捕捉するために、いくつかの記事を比較してみる。

自民新憲法起草委:改憲草案に犯罪被害者権利など追加
 自民党憲法起草委員会は26日、国民の権利と義務に関する小委員会(船田元委員長)を開き、11月の党大会で公表する改憲草案に、環境権や犯罪被害者の権利など5分野を追加することで一致した。国防など新たな国民の義務は明記せず、解釈で対応する方針。10月末までに草案の最終案をまとめる。
 5分野は(1)個人情報を守る権利(2)国民の知る権利(国の説明責任)(3)環境権(国が環境を保全する責務)(4)障害者や犯罪被害者の権利(5)知的財産権。同党が8月にまとめた原案にはなかったが、環境権を主張する公明党などに配慮した。
 一方、4月に同小委がまとめた要綱には入っていた国防、家庭保護など国民の新たな責務や、青少年に有害な図書などの制限について「草案に書くべきだ」との意見も出たが、「憲法が縛るのは国であって国民ではないとの立場を取る政党への政治的配慮」(起草委幹部)から見送った。原案の「自由及び権利には責任及び義務が伴う」との条文解釈で対応する方針。【松尾良】
毎日新聞 2005年9月26日 21時25分
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20050927k0000m010096000c.html

憲法が縛るのは国であって国民ではないとの立場を取る政党への政治的配慮」
なるほど、自民党憲法が政府が国民を縛る道具だと思っているらしい。
一般論の「自由及び権利には責任及び義務が伴う」は否定しないが、
権利をもつことが、なぜ「国防、家庭保護など国民の新たな責務」を生じるのかは必然ではない。
「青少年に有害な図書などの制限」についても、それゆえ大人の知る権利が制限されてはいけないわけで、
簡単な問題ではない。

環境権、知る権利など明記 自民改憲案に新たに5つ
 自民党憲法起草委員会(委員長・森喜朗前首相)は26日、11月の立党50年式典に合わせ発表する党憲法改正草案の最終案に環境権、知る権利など5つの「新しい権利」を盛り込む方針を固めた。
 環境権は「国民は良好な環境の下で生活する権利を有する」などと明記。知る権利は、国や地方自治体に活動内容の説明責任を負わせる形で規定、国民の情報アクセス権を保障する。
 ほかに盛り込むのは(1)個人情報を守る権利(2)知的財産権(3)心身障害者や犯罪被害者の権利−。ただ、心身障害者の権利については、「法の下の平等」を定めた憲法14条で規定するべきだとの意見もあり、今後調整する。
 衆院選後、同起草委の与謝野馨事務総長(政調会長)が、権利・義務小委員会の船田元小委員長に盛り込みを打診。26日、同小委が大筋了承した。これまで「新しい責務」として「国防の責務」を明記するべきだとの意見が出ていたが、「国民の間に異論がある」として、盛り込まない方向となった。
共同通信) - 9月26日21時6分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050926-00000235-kyodo-pol

「知る権利は、国や地方自治体に活動内容の説明責任を負わせる形で規定、国民の情報アクセス権を保障する。」
地方自治体の説明責任は、当たり前といえば当たり前だが、
地方公共団体の方が情報公開条例が先行したところもあり、さらにすすんで「知る権利」を明確にしていたところもあった。
地方分権の流れの中で、この条項はあくまで国民住民と政府地方自治体との関係での説明責任であって、
それを超えて国が地方公共団体自治権を侵害する形で用いることがあってはいけないことは確認しておく必要がある。


以上、新聞記事からわかる範囲で問題で問題提起しておきたい。

憲法改正を考える(その1)〜国民投票法(1)〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050314/1110803315
憲法改正を考える(その2)〜自民論点整理(1)〜+自民党ホームページについて
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050314/1110805753
憲法改正を考える(その3)〜自民論点整理(2)〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050315/1110816281
憲法改正を考える(その4)〜自民論点整理(3)〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050315/1110821749
憲法改正を考える(その5)〜国民の権利と義務に関する小委員会(1)+綿貫氏の発言について〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050326/1111775076
憲法改正を考える(その6)〜小委員会要綱案(1)といっても自民党批判〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050406/1112776329
憲法改正を考える(その7)〜民主党小委員会中間報告(1)+民主党批判〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050407/1112805346
憲法改正を考える(その8)〜衆院調査会最終報告書(1)+国民投票法(2)〜
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050416/1113583226
憲法改正を考える(その9)〜自民党憲法第一次案について(1)〜<前文、第一章 天皇、第三章 国民の権利及び義務>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050803/1123003046
憲法改正を考える(その10)〜自民党憲法第一次案について(2)〜<第四章 国会、第五章 内閣、第六章 司法>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050804/1123090669
憲法改正を考える(その11)〜自民党憲法第一次案について(3)〜<第七章 財政>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050805/1123171407
憲法改正を考える(その12)〜自民党憲法第一次案について(4)〜<第九章 改正、第十章 最高法規
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050808/1123429668
憲法改正を考える(その13)〜自民党憲法第一次案について(5)〜<第二章 戦争の放棄→安全保障>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050810/1123610872
憲法改正を考える(その14)〜自民党憲法第一次案について(6)〜<第八章 地方自治、第九章 改正(追記)>
http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050814/1123984962


衆議院憲法調査会
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kenpou.htm
参議院憲法調査会
http://www.sangiin.go.jp/japanese/kenpou/index.htm
自由民主党憲法制定推進本部
http://www.jimin.jp/jimin/shin_kenpou/shiryou/index.html