国語テストで消える長文は誰のせい?

ちょっとまとまりの悪い文章になってしまいましたが…。

国語テスト、消える長文 著作権理由で訴訟も
http://www.asahi.com/life/update/0925/003.html

という記事についてコメント。

国語テスト、消える長文 著作権理由で訴訟も
2005年09月25日10時02分
 国語の長文読解問題なのに、肝心の「長文」がない。ドリルなど副教材を作っている教材出版社が小学生向けに作る教科書準拠型のテストや、大学入試の過去問題集の一部で、そんな「異常事態」が続いている。理由は著作権。長文の作者である作家らの利用許可が得られていないためだ。来月にも新たな提訴が予定されるなど、教材分野でも、著作権紛争が熱を帯びている。

「「異常事態」が続いている。理由は著作権。長文の作者である作家らの利用許可が得られていないためだ。」
ここだけを読むと、教育上必要なのに、許諾しない作家側はどうなんだ!?という印象を受ける人が多いように思う。
しかし、この一文だけでそう判断するのは、正しくない。
なぜ許諾しないのか、そこが重要なポイントだと思うからである。
続けて読む。

 ●長文は教科書を見て回答
 「教科書を読んでこたえるもんだい 『鳥のちえ』を読んでこたえましょう。53ページ10行めから、55ページ9行めまでを読みましょう」
 小学校2年生の教科書に準拠したあるテストでは冒頭に、こんな記述がある。
 通常は、まず教科書に載っているものと同じ文章が掲げられ、その後に設問が続く。このテストには長文はなく、大きな写真などが掲載されている。子どもたちは、各自の教科書を開いて問題を解く。
 現場には戸惑いも生じている。
 漢字の書き取り問題は、教科書を見るとテストにならないため、あらかじめ別のページに印刷されている。教室では長文問題を終えて、教科書を片づけてから改めて書き取りテストを配布する。1時限に2回のテストをする格好で、ある小学校教諭は「手間がかかるようになった」と話す。テスト時に使うことを念頭に「教科書の重要個所に線を引くように、といった指導が難しくなった」ともいう。

これは事実許諾を得られていない結果こういう不都合ががある、という朝日新聞が取材した教育現場の声だろう。
確かに「“通常は”、まず教科書に載っているものと同じ文章が掲げられ」というのであれば、
ここでいうような状態は、「異常事態」ということに、これをさける必要があるということになる。

 一方、「赤本」と呼ばれる大学入試の過去問題を集めた世界思想社教学社の「大学入試シリーズ」でも、「出典は○○――編集の都合上省略」といった形で、長文問題がまるまる割愛されているケースが一部である。
 本番の試験のつもりで時間を計って挑んだ受験生は面食らうだろう。

この赤本事件については、本ブログで何度が述べた。

試験問題と著作権
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050412/1113239591
続 入試問題と著作権
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050427/1114595604
続 入試問題と著作権(2)
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050430/1114792306
続 入試問題と著作権(3)
 http://d.hatena.ne.jp/okeydokey/20050506/1115325314

ここでも「本番の試験のつもりで時間を計って挑んだ受験生は面食らうだろう。」という推測される不都合が書かれている。
では、なぜこういう事態が生じたのか。
記事は次のように続けている。

 長文が掲載されていないのは、株式会社・日本ビジュアル著作権協会(JVCA、曽我陽三理事長)に著作権の管理を委託している児童文学者らの作品だ。JVCAの会員数は237人で、05年の小学校国語教科書に載っている全作品のうち約2割が同会員のものという。テストなどに使うことに関し、会員と多くの教材出版社との間で合意が成立していないのだ。
 教材出版社で作る社団法人・日本図書教材協会(日図協)によれば、全国の小学校の7割ほどが、教科書準拠型のテストを導入している。1学期分260〜280円ほどで、テスト代は普通、保護者が負担している。
 大手教材出版社8社のうち、JVCAと合意しているのは明治図書だけ。それ以外の7社のテストで、こうした「長文欠落現象」が起きている。99年に、JVCA会員の詩人・谷川俊太郎さんら9人が著作権を侵害されたと東京地裁に訴えたのがきっかけだった。来月には作家ら約30人が教材出版社約30社を相手に第3次訴訟を起こす予定だ。
 ある大手予備校で今春からJVCA会員の作品を、教材や模擬試験に使わないことにするなど、波紋は広がっている。

「(JVCA)会員と多くの教材出版社との間で合意が成立していないのだ。」これが端的な理由だ。
もし、権利者側(JVCA)が何がなんでも許諾しないという姿勢を貫いているとか、
(何が正当な対価は難しいが、)極端に高額な対価を請求しているのであれば、
「教育上必要なのに、許諾しない作家側はどうなんだ!?」という批判が妥当しようが、
そうでない場合には(権利制限規定にあたらないと解される以上)当然の権利主張にすぎないということになる。
そして、記事によれば、明治図書だけとはいえ、JVCAと合意しているそうだ。
このような事情からすれば、必ずしも許諾をしないことが不当とはいえず、
教材出版社が作家の利益を無視して、不当に経済活動を営んでいるともいいうるのである。
もっとも、

 日図協は従来、加盟する教材出版各社から負担金を集め、教科書会社側の団体に「使用料」(04年度は1億8900万円)として支払ってきたが、著作権者の手元に渡ることはなかった。

だそうだ。
教科書会社に使用料を払うという感覚があるのであれば、
その教科書中の作品についても同様の「使用料」を払うという感覚はあっていいと思うのだが…。

 第2次訴訟の原告の一人、作家の松谷みよ子さんは「出版社も印刷業者も経済活動を営んでいる。なぜ作家だけが、無断かつ無償で作品を使われるのでしょうか。きちんとした対価は創作活動の支えです」と話す。

無断性については教科書の特殊性ゆえに、作家側が配慮してほしいと思うのだが、
無償性については、教科書や営利試験では補償金を払うという規定からすれば、そのような主張はあって然るべきように思う。

 大手の教材出版社の一つ、日本標準の担当者は「テストの場合も、著作権法で許されている引用だと思っていた」と話す。だが今後については、ある出版社幹部は「採算が取れないから要求に応じるのは……」と難色を示す。

教材出版社という著作物を創作し、著作物を利用する会社が、
「テストの場合も、著作権法で許されている引用だと思っていた」というのはなんともすばらしいご意見だ。
テストが(一般に)引用なら、36条は不要ということになる以上、一般的に引用というのは無理があるように思う。
ところで、「採算が取れないから要求に応じるのは……」というが、
今までの権利者の利益を無視した価格設定と比して「採算が取れないから」ということについてはコメントしにくい。
相手の主張が相当なものであれば、それを込んで採算の採れるように価格設定するだけでは?と思うのだが…。
ただ、

 ●出版側「払うと不採算」
 日図協は、教育分野で作家ら約2800人の著作権を管理している日本文芸家協会とはテストへの掲載に関して合意している。文芸家協会とJVCAとでは、著作権料の計算方法がかなり違うため、1ページの半分ほどを占める長文なら、後者だと3倍程度になる。
 過去の使用分については、文芸家協会が通常の使用料の年数分を求めているのに対し、JVCAの場合、会員によっては「違法使用」だったとして、使用料の3倍を求めるケースがある。

日本文芸家協会とは価格を含めて合意に至っている以上、計算方法が違うとはいえ、
3倍程度の価格差のあるJVCAの価格設定ゆえに許諾できないという点を、
教育的配慮を求めて、また過大な価格設定として、社会的に非難することは十分に可能のように思う。
ちなみに、「違法使用」だったとして、使用料の3倍を求めるケースがある。 」という点については、
懲罰的賠償を認めない日本の法制度上不当請求というべきであろう。
過去の権利侵害による損害は賠償されるべきであるが、だからといってこのような主張は不当である。
権利濫用的態度ということができよう。

 著作権者側と教材出版社側が合意できる方法はあるのだろうか。
 田村善之・北海道大教授(知的財産法)は、「著作権法の不備が起こした混乱だが、教科書準拠テストに無断で作品を使用することは違法だ。著作権者が掲載を拒む禁止権をなくし、その代わりに一定額の補償金を支払う制度を導入すればよいのではないか」と話している。

法の不備が問題なのか?という疑問は一応ある。
ある種教材出版社が過去に著作権法に無頓着だったゆえにおきたともいえるからである。
ただ、現状における立法政策による解決手段としては、教科書準拠教材について、
法33条2項もしくは法36条2項的な規定を設けることには賛同できる。

 ◆キーワード
 〈教科書・試験問題と著作権著作権法は、教科書については、他人の著作物を無許諾で掲載することを認めているが、補償金の支払いと、著作者への通知を求めている(33条)。高校や大学の入学試験などでは無許諾・無補償で使うことを許し、営利目的の予備校の模擬試験は補償金の支払いを義務づけている(36条)。また、授業を担当する教師がテスト問題を作成する場合は、必要な範囲で使うことができる(35条)。
 教材出版社が作るテストについては、無許諾での使用は著作権侵害だとする判断が03年に東京地裁で出た。入試の過去問題集でも同様の判断を求め、JVCA会員が提訴している。

33条、36条2項での利用すら補償金が必要であることからすれば、
やはり無償はおかしいという権利者側の言い分そのものについては非難できないように思うからである。
権利者側の相応の利益を図った上で、利用を促進することが望ましいように思う。


ちなみに、キーワードにもあるように、先生が自分で問題を作成すれば35条1項により無許諾無償で複製利用できる。
教師自身が作成すれば、そういう問題は生じないのであって、現行著作権法自体、無配慮であるわけではない。
あくまで業者作成だからこそ生じる問題なのである。
しかし、法文上は自己の担任する生徒分しか複製できない。
小学校の担任は1人1クラスが基本だろうし、空き時間がほとんどないだろう。
だからこそ小学校の教材で特に問題になる。そして、それゆえ、業者に依存することになるのである。
つまり、現行著作権法からすれば、先生が自分自身で作成できない環境に問題がある、という見方も可能なのである。


著作権法に即せば、非許諾も権利者の権利であるし、著作権者側が一定の対価を要求することも非難できない。
しかし、今回のような利用について許諾しないことは、社会的相当性の観点から問題があるように思う。
もちろん「対価」との兼ね合いで許諾しないだけであるかもしれないが、
その「対価」の相当性については、十分検討されるべきである。
そして、あくまでも記事中の文芸家協会とJVCAの比較においてのみから判断すれば、
JVCAの権利主張は利用態様から判断して度が過ぎたものではないか?と思うのである。
一概にはいえないが、このような権利行使は著作権法の本質に反した権利濫用ということもできるように思われる。
賢明な作家諸氏におかれては、著作権の健全な行使に努めていただければと思う。
もちろん、利用者側にも相応の配慮が求められるのだろうけれども…。


記事中の「03年に東京地裁」判決とその控訴審判決

H16. 6.29 東京高裁 平成15(ネ)2467等 著作権 民事訴訟事件(H15. 3.28 東京地裁 平成11(ワ)13691等)
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/1147F5E4A53E333249256F2B00306CC2/?OpenDocument
H16. 6.29 東京高裁 平成15(ネ)2515等 著作権 民事訴訟事件(H15. 3.28 東京地裁 平成11(ワ)5265)
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/777138C6A3B4655F49256F2B00306CC3/?OpenDocument
H15. 3.28 東京地裁 平成11(ワ)13691等 著作権 民事訴訟事件
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/D2856BA5C490EA1D49256D4400110B38/?OpenDocument
H15. 3.28 東京地裁 平成11(ワ)5265 著作権 民事訴訟事件
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/D1A59C1C4327A0F649256D4400110B36/?OpenDocument