著作権者の承諾なしに作品写真…名古屋市美術館の図録

美術館も著作権に無頓着。

著作権者の承諾なしに作品写真…名古屋市美術館の図録
 名古屋市美術館名古屋市中区)が、開催中の展覧会で販売しているカタログに、著作権者の承諾を得ないまま日本画の大家・前田青邨らの作品の写真を掲載していたことが18日、わかった。
 抗議を受けた同美術館は謝罪したが、「公立美術館の担当者が、著作権のことを知らないわけがない」と、著作権者側はあきれている。
 展覧会は3月26日まで開催中の特別展「『名古屋』の美術―これまでとこれから―」で、戦後に東海3県で活躍した作家や、公募した中堅・若手の作品を展示している。
 問題のカタログは、全出品作のカラー写真に作者の略歴などが付いたもので、1部2000円(税込み)で販売している。
 承諾がないのに写真を掲載していたのは、前田青邨の作品「富貴花」と、名古屋市在住の著名な彫刻家のブロンズ像。
 富貴花は同美術館が、ブロンズ像は愛知県美術館が所蔵しており、展覧会への出品は問題ないが、カタログなどに写真掲載する場合は、著作権法で版権が作者か、没後50年間は著作権者に帰属するため、承諾がいるという。
 しかし、前田作品については、著作権者に文書で通知を出したが、諾否の確認はしていなかった。また、彫刻家には全く通知していなかった。そのため、開会前日の今月3日の内覧会で、彫刻家の家族が、カタログに作品写真が掲載されているのに気づき、抗議した。
 名古屋市美術館がミスを認めて謝罪したため、彫刻家側は事後承諾の形で販売を認めた。家族は「有料販売するカタログへの掲載で、作者への許可申請を怠るのは横着としか言いようがない」と話している。
 一方、前田作品の著作権管理を任されている弁護士事務所では「どういう形でカタログに掲載するのか、事前に知らせるのがルールだ。承諾も得ずに、そのまま掲載するのはおかしい」と、同美術館の対応に驚いている。
 これに対し、同美術館の神谷浩学芸課長は「青邨さん側には早急に連絡し、承諾をもらうつもりだ。これまで、カタログ掲載などの承諾について、あいまいに対応していた例があり、今後はきちんと著作権法に沿って処理するように改めたい」と話している。
 著作権に詳しい名古屋大学法学部の鈴木将文教授は「1989年に藤田嗣治の展覧会で同様の問題があり、訴訟で著作権者側が勝利する形で和解している。美術品を扱う以上、著作権に関してはもっと注意を払うべきだ」と指摘している。
(読売新聞) - 2月19日12時26分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060219-00000401-yom-soci

まずは、著作権法を確認することにしましょう。
絵画(の描かれたキャンパス)の(有体物)所有権があるからといって、
その所有者が著作権を当然に有するということにはなりません。
「富貴花」についていえば、著作者は前田青邨(1885-1977)であり、
死後50年経過しておらず、(また第三者に譲渡されず、相続されているようなので、)
同氏の遺族が著作権者ということになります(もっとも記事によれば弁護士事務所が著作権管理)。


そして、著作権の内容として、

(展示権)
第二十五条  著作者は、その美術の著作物又はまだ発行されていない写真の著作物をこれらの原作品により公に展示する権利を専有する。

というのがありますので、原則として、その原作品を勝手に展示できないということになあります。
もっとも、

(美術の著作物等の原作品の所有者による展示)
第四十五条  美術の著作物若しくは写真の著作物の原作品の所有者又はその同意を得た者は、これらの著作物をその原作品により公に展示することができる。

ということですので、所蔵(所有)者たる名古屋市美術館が展示をすること自体は、無断で行うことができます。
また、ブロンズ像は愛知県美術館が所蔵ということですので、愛知県美術館の同意があれば、同じく無断で展示できます。
「富貴花は同美術館が、ブロンズ像は愛知県美術館が所蔵しており、展覧会への出品は問題ない」というのはこのことです。


ただし、著作権者は、

(複製権)
第二十一条  著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。

ですので、その作品を写真にとって、カタログなどに無断で掲載することはできません。
この点、

(美術の著作物等の展示に伴う複製)
第四十七条  美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第二十五条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる。

という規定があり、上述のように展示権を侵害しない場合には、
「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができ」ます。
この点について、東京地判平成元年10月6日無体集21巻3号747頁は、

 著作権法四七条は、美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第二五条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる旨規定するところ、その趣旨とするところは、美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、これらの著作物を公に展示するに際し、従前、観覧者のためにこれらの著作物を解説又は紹介したカタログ等にこれらの著作物が掲載されるのが通常であり、また、その複製の態様が、一般に、鑑賞用として市場において取引される画集とは異なるという実態に照らし、それが著作物の本質的な利用に当たらない範囲において、著作権者の許諾がなくとも著作物の利用を認めることとしたものであつて、右規定にいう「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子」とは、観覧者のために著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小型のカタログ、目録又は図録といつたものを意味し、たとえ、観覧者のためであつても、実質的にみて鑑賞用の豪華本や画集といえるようなものは、これに含まれないものと解するのが相当である。この点について更に敷えんすると、右の「小冊子」に該当するというためには、これが解説又は紹介を目的とするものである以上、書籍の構成において著作物の解説が主体となつているか、又は著作物に関する資料的要素が多いことを必要とするものと解すべきであり、また、観覧者のために著作物の解説又は紹介を目的とするものであるから、たとえ、観覧者に頒布されるものでありカタログの名を付していても、紙質、規格、作品の複製形態等により、鑑賞用の書籍として市場において取引される価値を有するものとみられるような書籍は、実質的には画集にほかならず、右の「小冊子」には該当しないものといわざるをえない。
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/Listview01/1989F3F7701B806C49256A7600272B84/?OpenDocument

としている。「1989年に藤田嗣治の展覧会で同様の問題」があったのときの裁判例である。
これを前提にすれば、
記事には、「全出品作のカラー写真に作者の略歴などが付いたもので、1部2000円(税込み)で販売している。」としかないのだが、
会場での解説冊子ではなく2000円もする「有償のカタログ」でることを考えると、
その装丁・内容は「実質的にみて鑑賞用の豪華本や画集」といえるようなものであったと思われる。
加えて「2000円」「有償」頒布という点からしても、許諾をとるべきだったように思われる。
(実際に小冊子性を争っているわけでもないようです。)


記事にもあるように、
「公立美術館の担当者が、著作権のことを知らないわけがない」(著作権者側)、
「美術品を扱う以上、著作権に関してはもっと注意を払うべきだ」(鈴木将文教授)
との指摘はもっともでしょう。あまりにも著作権に無頓着であったといわざるを得ません。
美術館という著作物を扱うところである以上、知っているべきでしょう。残念でなりません。


関係ないですが「著作権に詳しい名古屋大学法学部の鈴木将文教授」とありますが、
失礼ながらはじめてお名前を拝見しました。
http://www.nomolog.nagoya-u.ac.jp/~msuzuki/profile.html
経産省出身の実務家のようで、産業財産権には詳しいでしょうが、
著作権専門ということではないようです。
本人のプロフィールも「研究テーマ 産業財産法、国際知的財産法」ですし。

『名古屋』の美術―これまでとこれから―
http://www.art-museum.city.nagoya.jp/2005/Nagoya.html